失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
カーク7
「彼らはただの労働者ではなく、強制労働者だったんです。過去に罪を犯し強制労働の刑に処された、つまりは罪人の集団です。国は彼らを労働者としてここに派遣してくれたんです」
ルヴァイン王国には強制労働施設での労働刑があり、罪人たちが国の施設で労働奉仕をしながら罪を償う方法が一般的だ。鉱山や工事現場、工場などが主な労働先で、行動も含めて厳しく管理される。
強制労働の刑に服役している労働者たちに復興現場での工事を担わせる方法は、確かに理にかなってはいる話だった。その点はカークもエステルも納得できる。
問題はなぜ彼らが半年という短い任期で引き上げてしまったのかということだ。
「中心部の様子を見るに、彼らの働きは役に立つものだったのですよね? それとも何か問題があったとか?」
「いえ、彼らはよく働いてくれました。工事現場にも慣れていましたし、こちらが思っていた以上の速度で土木工事を進めてくれて、感謝しているほどです。いざこざもなかったわけではありませんが、駐屯している兵士や役人たちの手で収められるほどのもので、できることならまだまだ使わせてもらいたい労働力でした」
「だったらなぜ……」
「初めから半年という計画だったのです。半年後には、その、エステル様のお輿入れが決まっておりましたので」
言いにくそうに言葉を切った執政官の態度に、カークは状況を悟ったが、エステルはまだピンときていないようだった。
「え? 私がここに来るのが何か問題だったっていうこと?」
「いえ、そういうわけでは……」
「メンデル執政官、わかりました。エステルも疲れていると思うので、これ以上は大丈夫です」
この話をエステルの耳に入れてはならない。入れてしまえば彼女は自分のことを責めてしまう。
その一心で遮ったカークだったが、エステルが納得するはずもなかった。
「待ってカーク。メンデル執政官も、まだ話は終わってないわ」
「エステル、後は俺が聞いておくよ。そうだ、夕食前にもう一度ロータス伯爵に挨拶に行こう。先ほどは体調を崩してしまわれたから、きちんとお話しできなかっただろう? 養子縁組の手続きもなるべく早い方がいいし、エステル付きのメイドの紹介もまだしてもらっていないから……」
「カーク! ちょっと黙って!」
眉を釣り上げたエステルに怒鳴られ、カークは口を閉じた。
「メンデル執政官、もう一度聞きます。私が来ることと、強制労働者たちが半年で引き上げたことと、どういう関係があるんですか」
執政官は助けを求めるようにカークを見た。だがカーク自身、これ以上ごまかす術を持たなかった。
力なく頷いて見せれば、執政官はおずおずと口を開いた。
「王家の姫君がおいでの目と鼻の先に、罪人を置いておくことはできません」
その理由で、領都の中心部のみならず、ロータス領すべてから引き上げさせたのだと、彼は語った。強制労働者の管理はなされているとはいえ絶対ではない。何かあってからでは遅いのだ。
話を聞いたエステルは、呆然と呟いた。
「私の、せい……」
「エステル、違う。君のせいじゃない」
「でも……!」
「エステル、よく聞いてほしい。絶対に君のせいではないんだ」
カークが強く言い切れば、メンデル執政官も追随した。
「カーク様のおっしゃる通り、エステル様のせいではありません。ロータス領はあなた方の到着を心からお待ちしていました。ここに英雄と王女殿下が腰を落ち着けられることは、長い目で見れば最善策なのです。悪いのは半年でここまでしか準備できなかった我々です。王家からの花嫁道具すら満足に運び込めぬような、そんな嫁入りをさせてしまったこと、私の不徳の致すところでございます」
「あんなものはどうでもいいのよ! やっぱり王都に返してお金に変えてしまいましょう。それで労働者を雇えばいいわ。王都よりも高給な条件にすればきっと集まるはずよ」
広大なルヴァイン王国の、南端となるロータス領は、一般人からすれば果てしなく遠い。行商人でもなければ移動しようなどと思わぬほどの途方も無い距離だ。
それができるのならとっくにやっているはずなのだ。給金だけで、そう困ってもいない王都の民が動くはずはないと、カークにもわかっていた。
「エステル様、お気持ちだけ頂いておきましょう。予算は確保されておりますから、ご心配には及びません。食糧も、麦の作付けこそ間に合いませんでしたが、こちらも国からの支援が整っていますから、何もロータス領すべてが飢えているというわけではありません。王宮とまったく同じようにとまでは参りませんが、領主家の女主人としての生活は保証いたします」
頭を下げる執政官を前に、エステルは「わかりました」と返事した。肯定の返事のはずなのに不満が滲んでいることは明白で、執政官が戦々恐々と肩を振るわせた。
エステルの「わかりました」という返事の意味と、彼女の憤りの向いている先が知れるのは翌日のことだ。
ルヴァイン王国には強制労働施設での労働刑があり、罪人たちが国の施設で労働奉仕をしながら罪を償う方法が一般的だ。鉱山や工事現場、工場などが主な労働先で、行動も含めて厳しく管理される。
強制労働の刑に服役している労働者たちに復興現場での工事を担わせる方法は、確かに理にかなってはいる話だった。その点はカークもエステルも納得できる。
問題はなぜ彼らが半年という短い任期で引き上げてしまったのかということだ。
「中心部の様子を見るに、彼らの働きは役に立つものだったのですよね? それとも何か問題があったとか?」
「いえ、彼らはよく働いてくれました。工事現場にも慣れていましたし、こちらが思っていた以上の速度で土木工事を進めてくれて、感謝しているほどです。いざこざもなかったわけではありませんが、駐屯している兵士や役人たちの手で収められるほどのもので、できることならまだまだ使わせてもらいたい労働力でした」
「だったらなぜ……」
「初めから半年という計画だったのです。半年後には、その、エステル様のお輿入れが決まっておりましたので」
言いにくそうに言葉を切った執政官の態度に、カークは状況を悟ったが、エステルはまだピンときていないようだった。
「え? 私がここに来るのが何か問題だったっていうこと?」
「いえ、そういうわけでは……」
「メンデル執政官、わかりました。エステルも疲れていると思うので、これ以上は大丈夫です」
この話をエステルの耳に入れてはならない。入れてしまえば彼女は自分のことを責めてしまう。
その一心で遮ったカークだったが、エステルが納得するはずもなかった。
「待ってカーク。メンデル執政官も、まだ話は終わってないわ」
「エステル、後は俺が聞いておくよ。そうだ、夕食前にもう一度ロータス伯爵に挨拶に行こう。先ほどは体調を崩してしまわれたから、きちんとお話しできなかっただろう? 養子縁組の手続きもなるべく早い方がいいし、エステル付きのメイドの紹介もまだしてもらっていないから……」
「カーク! ちょっと黙って!」
眉を釣り上げたエステルに怒鳴られ、カークは口を閉じた。
「メンデル執政官、もう一度聞きます。私が来ることと、強制労働者たちが半年で引き上げたことと、どういう関係があるんですか」
執政官は助けを求めるようにカークを見た。だがカーク自身、これ以上ごまかす術を持たなかった。
力なく頷いて見せれば、執政官はおずおずと口を開いた。
「王家の姫君がおいでの目と鼻の先に、罪人を置いておくことはできません」
その理由で、領都の中心部のみならず、ロータス領すべてから引き上げさせたのだと、彼は語った。強制労働者の管理はなされているとはいえ絶対ではない。何かあってからでは遅いのだ。
話を聞いたエステルは、呆然と呟いた。
「私の、せい……」
「エステル、違う。君のせいじゃない」
「でも……!」
「エステル、よく聞いてほしい。絶対に君のせいではないんだ」
カークが強く言い切れば、メンデル執政官も追随した。
「カーク様のおっしゃる通り、エステル様のせいではありません。ロータス領はあなた方の到着を心からお待ちしていました。ここに英雄と王女殿下が腰を落ち着けられることは、長い目で見れば最善策なのです。悪いのは半年でここまでしか準備できなかった我々です。王家からの花嫁道具すら満足に運び込めぬような、そんな嫁入りをさせてしまったこと、私の不徳の致すところでございます」
「あんなものはどうでもいいのよ! やっぱり王都に返してお金に変えてしまいましょう。それで労働者を雇えばいいわ。王都よりも高給な条件にすればきっと集まるはずよ」
広大なルヴァイン王国の、南端となるロータス領は、一般人からすれば果てしなく遠い。行商人でもなければ移動しようなどと思わぬほどの途方も無い距離だ。
それができるのならとっくにやっているはずなのだ。給金だけで、そう困ってもいない王都の民が動くはずはないと、カークにもわかっていた。
「エステル様、お気持ちだけ頂いておきましょう。予算は確保されておりますから、ご心配には及びません。食糧も、麦の作付けこそ間に合いませんでしたが、こちらも国からの支援が整っていますから、何もロータス領すべてが飢えているというわけではありません。王宮とまったく同じようにとまでは参りませんが、領主家の女主人としての生活は保証いたします」
頭を下げる執政官を前に、エステルは「わかりました」と返事した。肯定の返事のはずなのに不満が滲んでいることは明白で、執政官が戦々恐々と肩を振るわせた。
エステルの「わかりました」という返事の意味と、彼女の憤りの向いている先が知れるのは翌日のことだ。