失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

カーク16

「デュカス隊長!? どうしたの?」
「……自分は、ロータス領の出身なんです。この街ではないですが、街道を折れた先の、ちっぽけなところで。すぐ隣が森だったために魔獣の被害も大きくて……今はまだ誰も戻れていません。主要な街道が通っているところですら碌に復旧していない状況で、村を復興させるのは遠い道のりだろうとわかっていました。それでも何かしたくて、今回のエステル様の同行に志願したのです。ですが、想像していた以上に復興が遅れている様子を目の当たりにして……自分に出来ることなど何もないのではないかと、絶望しかけていました」

 流れる涙を袖で乱暴に拭いつつ、それでも彼は顔を上げた。

「エステル様がご自身の財産まで使って一歩を進まれるなら、目の前の瓦礫を片付けることは我々の役目です。領民たちに先を取られるなど騎士の名折れ。すぐに取り掛かります!」

 そして彼は声を張り上げ、部下を叱咤激励した。

「おまえら! 今日中に街道だけでも復旧させるぞ! 成し遂げるまで戻れないと思え!」

 去っていく彼と入れ替わるように、今度は女性たちが近づいてきた。

「あの、子どもたちから瓦礫と珍しい食べ物を交換してくれるって聞いたんですけど……」
「えぇ、こちらで受け付けています。普段の食事はどうされているんですか?」
「領主様から保存食が配給されていて、なんとかなってはいます。でも、塩漬けの肉や野菜ばかりで、子どもたちも飽きちゃって、食べムラも多くて」
「ごめんなさい、新鮮なお肉やお野菜はないんです。でも果物のシロップ漬けならありますよ」
「果物ですか! 欲しいです。もうずっと口にしていなくて……。そういうのは後回しにされるから」
「日持ちがするお菓子もありますよ。ブランデー入りのケーキとか。あ、お酒もあるんでした。全部瓦礫と交換できます」
「お酒なんてずっと飲めていないから、主人が喜ぶと思います」
「お酒は激戦になりそうですから頑張ってとお伝えください」

 走り回る子どもたちがいい宣伝役になってくれたのだろう。一時間もすれば大人たちも総出で瓦礫の回収を始めてくれた。果ては一番いいワインを賭けて力持ち選手権まで開催され、崩れかけた壁の一部が運び込まれるほど。集めた廃材を利用して崩れが比較的少なかった建物を修復すれば、仮小屋で寝泊まりしていた人たちがそちらに引っ越してくれ、道に迫り出していた建物も次々と撤去された。

 住民たちも気付いてはいたのだ。助けを待つばかりでなく、自分たちが動いて瓦礫を撤去し、家を建て直して生活の基盤を整えなければならないということに。だが街に指導者はなく、それぞれが思うままに行動し、誰かのためにという気持ちが希薄になってしまった。なまじ食べていけるだけの配給があったために、その日暮らしのままここまで来てしまった。

 だが今。自分たちの前に突如として現れた騎士の一行の正体を、彼らは知らずにいた。王家の紋章が刻まれた馬車があっても、そもそも紋章など知らない者たちばかりだ。なんとなく領主様が遣わせてくれた人たちだろうと思いながら、指示通りに街を綺麗にしていく。瓦礫を拾い集めながら、騎士たちの中心にいる緑の髪の少女のことが気になったものの、目先の珍しい食料や酒類に惹かれて、我先にと働くのみだ。

 街の住民が彼女の正体を知るのは、ずいぶん先のことになる。

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