失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
カーク17
不思議に思いながら開封してみれば、流麗な筆跡で次のことが書かれていた。
——無事エステル様と共にロータス家入りされましたこと、心よりお喜びいたします。いずれソフィア様が南部の視察をしたいとおっしゃることでしょう。平和ボケからさっさと切り替えて、王家のために南部のためにきりきり働いてくださいますようお願い申し上げます——。
慇懃無礼というか、むしろ無礼しかない手紙に唖然とした。南部の復興のために旅立つ義弟夫婦に宛てる内容として、適当であるとは言い難い。そもそも自分はかの補佐官とは一度しか面識がない。どう見ても好意的とは言えない手紙を貰うほどの関係ですらなかったはずだ。
エステルと王家の馬車を引き連れ、伯爵家へと戻る道中、ひたすらランバート補佐官のことを考えるが、やはり結婚前の挨拶のことくらいしか思い出せない。
(は! もしや彼はエステルに横恋慕していたんじゃないのか!?)
だとすれば恋した相手を褒賞としてかっさらっていった自分のことを恨むのも頷ける。慌てて愛する妻にそのことを確認してみれば、きょとんとした顔をされた。
「ランバート補佐官が私のことを好き? カークってば何言ってるの? 私、あの人がソフィアお姉様の婚約者になるまで、会話したこともなかったのよ。というより全然知らなかったし」
どうやらエステルのランバート補佐官に関する知識は自分と同じ程度のようだった。
「だが、彼がエステルに一目惚れして、気持ちをずっと秘めていた可能性もあるんじゃないか?」
「それは絶対ないよ。だってランバート補佐官、どう見てもソフィアお姉様のことが大好きだよね。ずっとお姉様のことを目で追ってるし、お姉様と話すときは嬉しそうだし」
「そう、だったか?」
自分と握手したときも彼は微笑んではいたようだが、それは心から笑っているのでなく一貴族として体面を保っているようにしか見えなかった。ソフィアに対してもそうなのかと思っていたが、違ったのだろうか。
「それにね、ソフィアお姉様も彼のこと気にしている様子だったの。補佐官が近くに来るとソワソワしてたし」
「ソワソワって……もしかして怖がってるとか、苦手だとか、そういうのでは?」
「カークだって乳兄弟なんだから、お姉様のことよく知ってるでしょう? お姉様は誰か特定の人を怖がったり嫌ったりなんて絶対にしないわ。仮に苦手だと思ったとしても、絶対に態度には見せないもの。でもランバート補佐官の前ではそういうのが見えちゃうくらいだから、きっと特別な人なのよ」
エステルの言う通り、カークが知っているソフィアは、特定の人相手にわかりやすく態度を変えたり表情に出したりする人ではない。
だが妻が言い切るのを見ても、首を傾げざるを得なかった。
「なぁに、ランバート補佐官が気になるの?」
「気になるというか……俺はもしかしたら彼に嫌われてるんじゃないかと思って」
「まさか。それはないわ。だってランバート補佐官、カークに感謝してるって言ってたもの」
「それは俺が英雄として魔獣の王を退治したからだろう」
「違う違う、そうじゃなくて、私、聞いたのよ。お姉様にお茶に誘われたとき、彼もそこにいてね。帰りに私を部屋まで送ってくれたんだけど、そのときにカークには昔、虫退治をしてもらったからとても感謝してるって言ってたの。私も魔獣暴走のことかって聞いたけど、そうじゃないって」
「虫退治?」
憶えのない単語に頭をひねる。彼のために虫を退治してやったことがあったかと記憶を遡るも、該当する事柄は思い至らない。となれば何かの要請で任務として対応したことかと考えるが、こちらも思い当たる節がない。
「まったく憶えがないんだが……」
「虫退治って言ってたと思うけど。あれ、虫除けだったかな? それで、最後の特大の虫は自分で追い払えてすっきりしたとか、そんな話をしていたような?」
二人してうんうん悩みながら記憶を辿るも、答えらしい答えには行き着けなかった。