令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
第1部

第1話 交わる視線


 吉川(きっかわ)芙美(ふみ)は、窓際の席に腰を下ろし、そっとカフェオレを口に運んだ。カップの縁に唇を当てる瞬間、ほのかに漂うコーヒーの香りが、彼女の心を一瞬だけ柔らかく解きほぐした。
 日曜の午前十時。商店街の喧騒から少し離れたこの小さなカフェは、地元の常連客と、時折足を運ぶ観光客で穏やかに賑わっていた。ガラス窓の向こうでは、通りを行き交う人々が朝の陽光に照らされ、活気ある日常を織りなしている。芙美はそんな光景を横目に見ながら、テーブルの上に広げた文庫本に視線を落とした。
 文庫本の隣には、使い込まれたノートとペン。彼女の休日の定番だ。ノートには、読書中に浮かんだ考えや、仕事のアイデア、ときには自分でもよくわからない感情の断片が書き留められている。ページをめくる指先は慣れた動きで紙を滑るが、今日の心はどこか落ち着かない。

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