令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
――三十二歳。気がつけば、同年代の友人たちは次々と結婚し、家庭を築き、子育てに追われている。SNSに流れてくる楽しげな家族写真や、友人の近況報告を聞くたびに、芙美の胸には小さな波が立つ。仕事は順調だ。広報の仕事は好きだし、やりがいもある。クライアントとの折衝や、イベントの成功を目の当たりにする瞬間には、確かに誇りを感じる。けれど、夜、ひとりアパートに帰り、静かな部屋のドアを閉めるたび、胸の奥にぽっかりと空いた空白が広がるのを感じるのだ。
「これで、いいのかな……」
小さなつぶやきが、唇からこぼれた。誰に聞かせるでもなく、自分自身に問いかけるような声。芙美はすぐにその言葉を飲み込むように、カフェオレをもう一口啜った。熱い液体が喉を通る感触に、ほんの少し現実に戻る。彼女は本のページに目を戻し、物語の文字を追い始めた。物語の世界に身を委ねれば、少なくともこのざわめく心を一時的に忘れられる――そう思って。
そのときだった。
隣の席から、かすかな物音がした。彼女のテーブルの端に置かれた文庫本に、何かが軽くぶつかった。