令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
第6話 価値観のずれ
週末の夜、吉川芙美は三浦侑と並んで駅前の通りを歩いていた。温泉旅行の余韻がまだ心に温かく残り、街路樹の葉が秋の夜風に揺れる音が、穏やかな時間を彩っていた。街灯の光が歩道を柔らかく照らし、遠くで電車の音が響く。芙美は、隣を歩く侑の横顔を見ながら、胸に小さな幸福感を抱いていた。
あの旅行、ほんとに楽しかった。
温泉街の湯気、足湯での会話、侑の頼もしい対応――それらが、まるで心のキャンバスに鮮やかな色を塗るように、彼女を満たしていた。恋愛に慎重だった自分。それでも、侑との時間が、彼女の心に新しい光を投げかけていた。
「この前の旅行、本当に楽しかったね」
芙美が嬉しそうに言うと、侑は軽く頷き、柔らかな笑みを浮かべた。
「うん。また行きたいな。でも次は計画をしっかり立てた方がいいかも」
その言葉に、芙美の笑顔が一瞬止まった。
「え?」
彼女の声には、わずかな驚きが混じっていた。侑は、気づかずに話を続けた。
「ほら、昼ご飯の店も混んでたし。効率よく回れば、もっといろいろ楽しめたと思う」
その瞬間、芙美の胸に、むっとした気持ちが広がった。計画を立てるのは大事かもしれない。でも、混雑した店で笑い合ったり、予定外の散策で偶然見つけた景色が、彼女にとって旅の特別な思い出だった。それを「効率が悪い」と言われた気がして、心に小さな棘が刺さった。
「でも、ああいうのも旅の醍醐味じゃない? 予定通りじゃなくても、楽しいって思えたのに」
芙美の声には、ほのかな反発が混じっていた。侑は少し眉をひそめ、考え込むように答えた。
「……そうかもしれないけど」
その表情を見た瞬間、芙美の胸の奥にちくりとした痛みが走った。
これって、喧嘩……?
大声を出したわけでも、強く責められたわけでもない。なのに、互いの価値観がぶつかり合ったような感覚が、芙美の心をざわつかせた。侑の言葉は、きっと悪意のないものだとわかっている。それでも、彼女が大切に思った時間が否定されたように感じて、胸が締め付けられた。