令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第9話 深まるぬくもり




 約束を交わしたあの日から、吉川芙美と三浦侑の時間の重なり方が、少しずつ、だが確かに変わっていった。カフェで交わした「支え合う」という言葉が、まるで二人を結ぶ見えない糸のように、日常のささやかな瞬間に温かな色を添えていた。恋愛に慎重だった芙美の心は、侑の誠実な笑顔や穏やかな声に、ゆっくりと開かれていく。
 ある平日の夜、仕事で疲れた芙美は、侑のアパートを訪れた。エレベーターを降り、玄関のドアを開けると、ふわりとカレーの香りが漂ってきた。スパイスの温かな匂いが、疲れた体を優しく包み込む。芙美は、思わず笑みを浮かべた。

「……作ってくれたの?」

 キッチンの方を見ると、侑がエプロン姿で顔を出した。普段のスーツ姿とは異なる、カジュアルなシャツに袖をまくった姿。眼鏡の奥で光る瞳には、照れ隠しのような笑みが浮かんでいる。

「たまには俺の番だろ」
 その言葉に、芙美の頬がほのかに赤らんだ。仕事モードの頼もしさとは違う、日常の中の無防備な魅力が、彼女の心を軽く跳ねさせた。
 ――こんな侑さん、初めて見た。
 二人は小さなダイニングテーブルに並んで座り、食事を始めた。カレーの温かな湯気と、隣にいる侑の存在が、芙美の疲れをそっと溶かしていく。何気ない会話を交わしながら食べる時間は、どんな豪華なディナーよりも心を満たした。

「ねえ、こうやって一緒に食べると、どんな日でも元気出るね」
 芙美がぽつりと呟くと、侑はフォークを置いて柔らかく微笑んだ。
「そうか。……なら、これからもできるだけ一緒に食べよう」
 さりげない言葉だったが、芙美の胸の奥がじんと熱くなった。侑の声には、日常を共に過ごすことへのさりげない約束が込められていた。そのシンプルな想いが、彼女の心に深く響いた。


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