令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
資料を片付け、図書館を出ると、夕暮れの空が街をオレンジ色に染めていた。空には薄い雲が広がり、遠くの地平線に沈む太陽が、柔らかな光を投げかけている。芙美と侑は並んで歩き出し、駅に向かう道を進んだ。互いの距離が、ほんの少しだけ近くなっていることに、芙美はふと気づいた。肩が触れそうで触れない、絶妙な距離。それが、彼女の心を軽くざわめかせた。
「今日も偶然ですね」
芙美が小さな声で言うと、侑は軽く笑って答えた。
「そうですね。でも……こういう偶然も悪くない」
その声は柔らかく、どこか温かみを帯びていた。芙美は一瞬言葉に詰まり、頬が熱くなるのを感じた。彼女は視線を足元に落とし、歩道に映る二人の影を見つめた。侑の言葉が、まるで心の奥にそっと触れるように響いた。この人と過ごす時間が、こんなにも心地いいのだ――その実感が、芙美の胸に静かな喜びを灯した。
夜、芙美はアパートの小さなベランダに出て、冷たい夜風に顔をあずけた。都会の光に少し霞む星空を見上げながら、今日の出来事を一つ一つ思い返した。図書館での静かな時間、侑の手の感触、夕暮れの道を並んで歩いた瞬間。どれも小さな出来事なのに、彼女の心は高鳴り、頬には自然と笑みが浮かんでいた。
恋愛という言葉に、どこか遠慮していた自分。それでも、侑との時間は、まるで春の陽だまりのように、彼女の心を温めていた。この気持ちに名前をつけるのはまだ早いかもしれない。だが、この小さな衝撃が、彼女の日常に新しい色を塗り始めているのは確かだった。
同じ夜、侑もホテルの部屋で、窓辺に置かれたコーヒーカップを手に持っていた。窓の外には、同じ星空が広がっている。彼の頭には、芙美の柔らかな笑顔や、資料を渡したときの彼女の少し驚いた表情が浮かんでいた。手に触れたときの感触、視線が合ったときの胸のときめき――それらが、侑の心に静かな火を灯していた。
――まだ始まったばかりだ。でも、確かに、何かが動き始めた。