令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~


 侑の声は柔らかく、自然な笑顔がそこにあった。芙美の心臓が、一瞬だけ強く跳ねた。偶然の再会が続くたびに、彼女の胸には期待と照れが混じり合う不思議な感覚が広がる。
「ほんと、偶然ですね」
 芙美は少し笑って答えたが、声はわずかに上ずっていた。彼女は自分の頬が熱くなるのを感じ、慌てて視線を逸らした。二人は少し照れながらも、図書館までの道を自然と並んで歩き始めた。歩道に落ちる二人の影が、朝の光に柔らかく揺れる。普段なら一人で歩く何気ない道が、今日に限っては特別なものに感じられた。


 図書館の前に着くと、侑がふと立ち止まり、口を開いた。
「もしよければ、一緒に資料を見ながら話しませんか? 少し時間あります」
 その言葉に、芙美の心は大きく跳ねた。普段、図書館は彼女にとって静かな作業の場だった。一人で本を読み、資料を整理し、心を落ち着ける場所。それなのに、侑のさりげない誘いに、彼女の心は自然と「はい」と答えたくてたまらなかった。
「え、はい……いいですよ」
 彼女の声は少し控えめだったが、笑顔には温かみが滲んでいた。侑もまた、穏やかな笑みを返し、二人は図書館の重いガラス扉をくぐった。

 館内の閲覧室は、静けさに包まれていた。木製のテーブルと、整然と並ぶ本棚。窓から差し込む光が、埃の粒子をほのかに照らし、静謐な空気を漂わせている。芙美と侑は向かい合わせに席を取り、資料を広げた。仕事の話から始まり、最近読んだ本やこの街の魅力について、会話が自然に流れていく。
 視線が時折交わるたびに、芙美の胸の奥がじんわりと熱くなった。侑の落ち着いた口調や、話を聞くときに少し首を傾げる仕草が、彼女の心に小さな波を立てる。普段なら、こんな静かな空間では自分の世界に閉じこもりがちなのに、今日の彼女は、侑との会話に心が開いていくのを感じていた。
 侑が資料を差し出す際、ふとした瞬間に彼の指が芙美の手に触れた。ほんの一瞬の接触だったが、彼女は思わず息を飲んだ。心臓の奥で、まるで小さな火花が散るような衝撃が走った。
「……大丈夫ですか?」
 侑の声は穏やかで、どこか心配そうだった。芙美は慌てて顔を上げ、頬がわずかに赤らむのを感じながら答えた。
「ええ、はい……大丈夫です」
 言葉に詰まりながらも、彼女は自然に笑みを返した。侑もまた、軽く微笑んで資料に目を戻したが、その一瞬のやりとりが、二人の間に温かな余韻を残した。静かな図書館の中で、二人だけの時間がゆっくりと流れていた。


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