令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第6話 心が触れた瞬間



 土曜の午後、吉川芙美は町の小さな美術展を訪れていた。駅から少し離れた公民館で開催されるこの展示は、地元の芸術家や写真家によるささやかなものだったが、芙美にとっては、日常の喧騒から離れて心を落ち着ける貴重な時間だった。手には展示のパンフレットを持ち、柔らかな日差しが差し込む会場をゆっくりと歩いていた。
 カフェでの偶然の再会、図書館での静かなひととき、商店街での何気ない会話――最近の侑との出会いが、芙美の心に静かな波を立て続けていた。仕事や日常に追われる中、こうした小さな瞬間が、まるで色あせたキャンバスに新しい色彩を塗るように、彼女の胸を軽く高鳴らせていた。

 展示された絵画や写真の間を歩きながら、彼女はふと、ある風景画の前で足を止めた。淡い青と緑が溶け合う海辺の絵。その静かな色合いに、芙美の心は一瞬、遠い記憶に引き戻された。子どもの頃、家族と過ごした海辺の夏。穏やかな波音と、潮の香り。そんな懐かしい感覚が胸をよぎった瞬間、背後から聞き慣れた声がした。

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