愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 確かにここ最近、自分の体調は異常なまでに悪いが、死ぬほどではないと理解していた。それなのに、なぜ彼から精気を奪ったのだろう。そこまで深刻なものではないと思うのに。

(ねぇ、どうして? こんなことをしたの……)

 心の奥底に尋ねてみるが、やはり返答はない。
 その代わりにズキリと頭が痛んだ。それはまるで、()くことを拒んでいるようで――季音は絶え間ない鈍痛にこめかみを押さえる。

「おい、大丈夫か」

 隣に座するタキに問われ、季音は無言で頷いた。

 今は深く考えるべきではない。これ以上体調が悪くなっても困るだけだ。季音は思考を止めた。すると次第に痛みは和らぎ、嘘のようにすっと消え去った。

 たったそれだけで、考えること、()くことを拒んでいることを確信した。
 いったい自分の身に宿る彼女は何を隠しているのだろう。どうして何も教えてくれないのだろう……。腑に落ちず、季音は一つため息を漏らした。

「とりあえず、話は以上です。季音殿も戻ってゆっくり休んでください。精気の件は一過性なので心配には及びません。それに、主殿は神通力を持っているせいか、常人以上に精気が満ち溢れています。はっきり言って、妖並みの生命力のある超人と言っても過言ではないので、二日も経てば普段通りになると思いますよ」

 ――だから、大丈夫です。
 蘢は季音を安心させるよう、穏やかにそう言った。

 ***

 社を出た時には、東の空が白んでいた。
 体調を気遣って「送っていく」とタキが言ってくれたが、皮肉にも彼から取り入れた精気のお陰か、社に向かう時よりも体調は随分と良くなっている。

「大丈夫よ、おタキちゃん」
 そう言って、季音は社を出て一人、ボロ屋までの小道を歩んだ。

 空気は冷たく凜と張り詰めていた。敷地を囲う笹垣には茜色の蜻蛉(とんぼ)が留まり、どこからか鈴虫の鳴く声が聞こえてくる。
 境内の脇にも赤い曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の蕾がある。それを見て、季音はあの庭の風景をふと思い出した。

 ……なぜこんなことをしたのか。どうして、彼の精気を喰らったのか。

 再び巡る思いはそれだけで、輪郭をなぞる程度に自分の中に居る彼女のことを考えながら、歩むうちに気づけばぼろ屋に着いていた。

 季音は当たり前のように引き戸を開け、玄関で下駄を脱いで家屋に上がった。

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