愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 龍志は自分の横たわる布団にもたれかかった季音の肩に触れた。緩やかに彼女が顔を上げた瞬間だった。背筋が凍りつくほどの殺気を含んだ妖気が満ちた。

 藤色の瞳を縁取る輪郭は、穏やかに垂れた丸い瞳ではない。それは妖艶に釣り上がり、全く別人の顔がそこにあった。

「……さぁて。色々と困ったことになった。愚図なあの娘を愛おしく思うなら、あんたは死ぬ気の覚悟はあるかい? あれっぽっちじゃ足りないんじゃ」

 ……精気をおくれよ。
 艶やかに付け足し、薄紅の唇に弧を描いた彼女は、たちまち龍志の唇を奪った。

 何が起きたのか理解が追いつかない。だが、愚鈍な季音……藤香ではないと分かった。今、目の前にいる狐は全く別の者。きっと荒神だ――

 噛みつくように唇を塞がれ、舌を見つけると甘く食まれた。
 それだけで頭の中がクラクラとふやけてしまいそうで、自我さえ消し飛びそうだった。 だが、吐き気と胸を締め付けるような痛みを覚え、龍志は自分に覆い被さる彼女の身体を突き飛ばす。

「はん。抗えるのかい……大人しく寝ていれば極楽浄土でも見せてやろうというのに」

 よろめいた彼女は、つまらなそうな顔で龍志を射貫く。

「阿呆が。女優位に組み敷かれて(たか)ぶる趣味はない。組み敷き、鳴かせる方が好きなもんでな。その身体の持ち主が一番それをよく知っているはずだ」

 言葉を出すたびに、鼻の奥まで血の匂いがした。意識は今にも飛びそうで、胸の奥が痛くて仕方なかった。龍志は荒い息を吐きながら彼女を睨む。

「単刀直入に言うよ。(わらわ)はあんたを殺したいほど憎いが、〝この身体の持ち主〟にひとつも恨みはない。あんたは前世から随分と藤香に惚れ込んでおるよな? そこで聞くぞ。あんた、死ぬ気の覚悟でこやつを……藤香を生かす気はあるかい?」

 彼女が何を言いたいのか分からなかった。

 龍志は眉をひそめて彼女を睨む。

 詠龍の記憶の中の荒神とは、明らかに様子が違うだろう。
 あの記憶の中の彼女は、咆哮(ほうこう)を上げるか(うめ)くばかりで、言葉などろくに発せず、対話などできなかった。

 それが、今はまるで違う。今は、かすかに善良な理性があるように窺えた。藤香を生かす覚悟……その言葉から、身体の持ち主である藤香を守ろうとしているように窺える。

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