愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 おかしい。そう思った途端、荒神は俯き、黙る。しかしそれも束の間──彼女の身から、恐ろしいほどの瘴気があふれ出した。

「あがっ……はぁ、んぐぅ……」
 
 彼女が、苦しげな(うめ)き声をあげると、息とともに、涎が畳の上にはたはたと落ちる。
 鋭い藤の瞳の輪郭を囲うように、朱の紋様がうっすらと浮かび始めていた。藤の瞳は怪しく発光し、次第にその面輪(おもわ)は険しいものに代わり果て──荒神らしいものに変わり果てる。

「ああ、腹が立つ……。ああ、貴様は何度生まれ変わっても本当に代々似ておる。憎らしいほどに……」
 彼女は真っ向から龍志を睨み据え、苦しげに言った。
 
「代々? どういうことだ」

 明らかに自分に宛てられた言葉だが、その意味が分からない。龍志は眉を寄せるが──瞬く間に胸の奥が爆ぜるように痛み始めた。

 ただでさえ少ない精気を喰われたからだろう。視界はひどく霞み、喉の奥に血の臭いが充満した。間髪入れずに吐き気が襲う。堪らず嘔吐すると、真っ新な布団に真っ赤な鮮血がびちゃびちゃと音を立てて広がった。

 痛みに気が遠のくが、ここで意識を失えば殺される。
 龍志は(うめ)きながらも季音を睨み据え、懐の呪符に手を伸ばそうとする。だが、なぜか脳裏に彼女の笑顔が鮮やかに蘇った。
 彼女を殺さなければならない。その瞬間が訪れたのだ。だが……本当にできるのか。
 その躊躇の僅かな隙に、雪白(せっぱく)の毛髪を逆立てた荒神が龍志に馬乗りになる

 ……理性は完全に消し飛んだのだろうか。
 鋭い牙を剥き出し、獣のような唸りを上げ涎を垂らす〝季音だった〟狐。
 彼女が、懐から取り出したのは金細工の藤の簪で――
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