愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第28話 取り戻した記憶、藤の簪宿す過去の業
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……藤香御前。
そう呼ばれた過去世の自分は、帝の妾の子。生まれつきの病弱で、二十歳までとても生きられないと言われてきた。
薬師も匙を投げる不治の病は、悪霊や魑魅魍魎の仕業だとされた時代。藤香の父は、彼女の主治として陰陽師、藍生詠龍をそばに置いた。そして、ついには彼女の伴侶として詠龍を選び、藤香にその縁を告げた。
きっと彼からすれば、押しつけられるような婚姻だったに違いない。それでも彼は、自分……藤香を大事にしてくれた。
冗談を言ってからかい、意地悪な顔を見せることもあったが、彼はいつも優しかった。冷える身体を温めるように同じ床で抱きしめて眠ってくれたこと。いつも優しく触れてくれたこと。幾度も接吻してくれたこと。ふとした時に優しい笑みを向けてくれて、これまでの孤独が嘘のように、心が満ちるほどの温もりを与えてくれた。
……直接的な言葉で告げることはなくとも、深く愛してくれていたことを、態度でいつも示してくれた。
もとより、藤香は密かに憧れを抱いていた。そんな彼と一緒にいられたこと、愛されたことも、幸運であり幸せだと思っていた。
しかし、詠龍が見抜いた藤香の病の原因は、悪霊や魑魅魍魎の仕業ではなく、ただの病に過ぎなかった。医者ではない彼にできるのは、回復を願う祈祷だけ。だが、藤香の容態が上向くことはなく、婚姻から一年も経たないうちに悪化する一方だった。ついに彼女は宮廷を追われ、寂しく去るしかなかった。
主殿から遠い離れに住んでいたとしても、病が宮廷内に広がるのを恐れたのだろう。加えて、二年、三年と看病を続けたにもかかわらず、藤香の容態に回復の兆しがまるで見えないことから、詠龍は宮廷と朝廷での責務を解かれた。
だが、ある意味で〝自由の身〟になったとも言える。誰にも干渉されず、哀れみや蔑みの目に晒されることもなくなった。
そうして、二人は詠龍の生家――黒羽の地へと赴いた。
それでも、藤香の心には気がかりが残った。詠龍は彼女の病のせいで無理やり婚姻を強いられ、専門外の病を治せなかったために御役御免となったのだから。