愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 申し訳ないと何度も詫びたが、彼は「気に病みすぎれば不細工になる」だの、そんな意地の悪い冗談ばかり言っていた。その裏を返せば彼なりの「大丈夫」「気にするな」――それが分かるからこそ、藤香は彼の妻になれたことを改めて幸せに思った。

 来る日も来る日も布団の中で過ごす日々。時折調子が良い時は、彼の目を盗んで社に参拝することが藤香の日課だった。調子さえ良ければ、毎日のように社の神に手を合わせただろう。

 長くは生きられない。二十歳まで持つことは難しい。そう告げられても、愛おしい詠龍がそばにいるから、藤香はもっと生きたいと願わずにはいられなかった。ともに過ごす日々が増えるたび、胸には様々な願いが芽生えた。

 早く身体が良くなりますように。詠龍様と季節の花や美しい景色を見に行けますように。いつか詠龍様の子を宿せますように。

 藤香はそんな密やかな願いを、いつも社の神にそっと捧げていた。その願いが聞き届けられたのだろうか。その年の暮れ、深い雪が降り積もる凍てつく冬の夜に、女神がひそやかに現れた。

 ――願いを叶えてやろう、だから代わりに身体を貸して欲しい。
 確かにそんなことを頼まれた。

 だが、そのころには藤香も自らの死期が間近に迫っていることを悟っていた。床から起き上がることもできず、食べ物はほとんど喉を通らない。痩せ細る身体は、日ごとに力を失っていた。

 それでも、唯一の神はいつだって無謀な願いを黙って聞き続けてくれた。それくらいなら構わない――藤香は心でそう呟き、静かに合意した。だが、その瞬間、彼女の記憶はふっと途切れた。

 ***

 過去の全てを取り戻した季音は、真っ白な顔で朱塗りの門を呆然と眺めた。自分の心に住まう狐――その正体は、社の女神だった。

 その瞬間、季音は自分の身体に何かが入り込んだ後の光景を、まるで他人ごとのように思い出した。

 布団から跳ね起き、抗えない破壊衝動に駆られ、狂ったように家財を蹴散らす。出てこい、血を絶やしてやると――半狂乱で物騒な言葉を叫ぶうち、藤香の髪は瞬く間に白々と染まり、狐の耳と尾が生え、今の姿とそっくりそのままに変わっていた。

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