愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
そもそも、覚えているのは前世の記憶、詠龍のものだけ。それ以上にもっと昔の過去世のものなど覚えてもいない。否、代々というなら、詠龍の血族自体を指すのか……。ともあれ、そんなことは分かるはずもない。同じ神職者の家系とはいえ、家柄はもう完全に別人なのだ。
龍志が眉を寄せていると、「……まさか」と蘢が小さく呟いた。
「何か知っているのか?」
「定かではないのですが……」
蘢は顎に手を当てて眉を寄せた。
「〝代々〟の件においては……前世の貴方、詠龍様が僕の主になるより、ずっと遠い昔の話かと。この社は、地主神が変わっています。荒神になったのは後に神に任命されたお方、麗しい女神様です。前の神は、男神。もしかすると、それが理由かもしれません」
そんな話は初耳だった。龍志は眉をひそめ、蘢を睨んだ。
「おい、なぜそれを初めから俺に教えなかった」
「狛犬の僕にとって〝護る神〟とは〝主〟に他なりません。もちろん、詠龍様であった前世から、貴方を心より慕っております。ですが、神の世界のことは人に軽々しく漏らすわけにはいきません。僕も迂闊に口にできるものではない。ただ、心当たりはそれしかありません」
もう、こうなってしまったのですから、すべてをお話ししましょう……。
やむを得ない、という口ぶりで、蘢は静かに語り始めた。
……七〇〇年以上も昔、黒羽の地主神は一人の娘に心を奪われ、人となることを選び、地主神の座を退いたという。
その後、同じ地に住まう最も強い瑞獣――九尾の狐にその座を譲ったとされる。そうして彼女がこの地の神となり、黒羽を守護する存在となった。
「僕も、護る主が変わったことは知っていました。この社の神となる前の彼女とも話をしたことがあります。元が狐だけあって気高く美しい方ですが、心はとても優しい。対の獅子とともに、ずいぶん可愛がってくれました。幼い僕の髪を結ってくれたこともあります。神となられたとき、魂のみとなり姿を失いましたが、この地を守る豊穣の女神となられた。真の名を藤夜様とおっしゃいます」
「そんで、どうして神を交代しただけで龍を恨むんだ……」
朧が眉をひそめ、蘢に問いかける。その口調には、腑に落ちない思いが滲んでいた。
龍志が眉を寄せていると、「……まさか」と蘢が小さく呟いた。
「何か知っているのか?」
「定かではないのですが……」
蘢は顎に手を当てて眉を寄せた。
「〝代々〟の件においては……前世の貴方、詠龍様が僕の主になるより、ずっと遠い昔の話かと。この社は、地主神が変わっています。荒神になったのは後に神に任命されたお方、麗しい女神様です。前の神は、男神。もしかすると、それが理由かもしれません」
そんな話は初耳だった。龍志は眉をひそめ、蘢を睨んだ。
「おい、なぜそれを初めから俺に教えなかった」
「狛犬の僕にとって〝護る神〟とは〝主〟に他なりません。もちろん、詠龍様であった前世から、貴方を心より慕っております。ですが、神の世界のことは人に軽々しく漏らすわけにはいきません。僕も迂闊に口にできるものではない。ただ、心当たりはそれしかありません」
もう、こうなってしまったのですから、すべてをお話ししましょう……。
やむを得ない、という口ぶりで、蘢は静かに語り始めた。
……七〇〇年以上も昔、黒羽の地主神は一人の娘に心を奪われ、人となることを選び、地主神の座を退いたという。
その後、同じ地に住まう最も強い瑞獣――九尾の狐にその座を譲ったとされる。そうして彼女がこの地の神となり、黒羽を守護する存在となった。
「僕も、護る主が変わったことは知っていました。この社の神となる前の彼女とも話をしたことがあります。元が狐だけあって気高く美しい方ですが、心はとても優しい。対の獅子とともに、ずいぶん可愛がってくれました。幼い僕の髪を結ってくれたこともあります。神となられたとき、魂のみとなり姿を失いましたが、この地を守る豊穣の女神となられた。真の名を藤夜様とおっしゃいます」
「そんで、どうして神を交代しただけで龍を恨むんだ……」
朧が眉をひそめ、蘢に問いかける。その口調には、腑に落ちない思いが滲んでいた。