愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第29話 藤の簪失せし黄泉の約束


 ※※※

 目が覚めた時には夕刻間近だった。茜が差し始めた室内には、今もなおむせ返るほどの血の臭いが充満していた。まだ身体のそこかしこが痛い。龍志は身体を起こそうとしたが、何者かにそれを拒まれた。

「……起きないでください。今は回復に努めてください」

 蘢だった。彼は龍志の布団の傍らで肩を押さえ、首を振った。よく見れば、その隣には朧が胡座(あぐら)をかいて座していた。そして、僅か後ろの柱に背を預けてタキが立っている。

 皆、誰もが緊迫した面持ちを貼りつけていた。

 そういえば、呼んでおいてくれと言ったのは自分だった……。龍志は今更のように思い出した。介抱してくれたのだろう。身に纏う浴衣も血に濡れた不快感はなかった。ただ礼を言うと、蘢と朧は首を揃えて頷いた。

「それだけ精気を喰われて生きてるなんて逆にすげぇよ。大量の吐血だわ、滅多刺しにされてるわで、よく目が覚めたもんだと思う。龍、手は動くか?」

 朧は布団からはみ出した龍志の手を指で突いた。促されて腕を折り曲げてみると、痛むものの不自由なく動いた。

「骨に異常はないみたいだな」

 安堵したのか、朧はほぅと深いため息を漏らす。

「手間をかけたな。恐らく、三日も寝れば治る。心配かけてすまなかった」

 自分で言っておいて定かではない、無理があるだろうとは分かっていた。だが、命に別状はないのも分かっている。傷は痛むが、精気が欠乏しているだけだ。そんなものは生きている限り満ちるもので、数日で回復するに違いない。

 龍志は毅然とした視線を三匹に向けた。しかし、三匹は「そんなわけがないだろ」と言いたげな、じっとりとした視線を龍志に返してきた。

「とりあえずだ。いくらか状況を話そうと思う。荒神と対峙したが、疑問点がありすぎた」

 龍志は季音が荒神と切り替わった経緯や、荒神が初めは正気を保っていたことを窺えたと淡々と語った。

「荒神は瘴気で気が狂うまでは、ただ単純に今、精気を欲しているそうで、俺を殺そうとはしなかった。季音を生かすために〝死ぬ気の覚悟があるか〟と言われた。俺を見て代々似てるとか憎いだの言っていたが……何から何までよく分からん」

 分からん――と、今一度こぼし、龍志は一つ深くため息を漏らした。

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