愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 龍志がそう問いかけると、蘢も朧も即座に頷いた。その眼差しに、揺るぎない覚悟が宿っていた。

 その矢先、タキが口を開いた。

「おい。少し回復したら、お前に一つ頼みがある……」

 視線も寄こさず、彼女はぽつりと呟いた。龍志が静かに「何だ?」と尋ねると、タキは力強く振り向き、青々とした瞳を燃えるように向けてきた。

「争う可能性はあるだろ。おれはお前の式神たちに比べればまだ弱いが、〝手数〟になってやる。唯一無二のダチの為だ。だから、お前にも命をかけてやる」

 ――おれを本当の〝龍の子〟にしろ。
 タキは龍志を凜然と睨み据え、力強く言い放った。その声は、静寂を切り裂くように響いた。

 ***

 草木は時を止めたかのようだった。生き物は愚か、妖の気配もなく、山々は死んでしまったかのような静謐(せいひつ)に包まれていた。

 二つ目の山を越えたころ、自分の向かう先の方角からツンとした硫黄の臭いが風に漂ってきた。次第に植物の青さも失せ、やがて辿り着いた場所はまるで地獄――岩肌の隙間から湯気が沸き立つ火山地帯だった。

 次の山が火山なのだろう。ふと(そび)える山を見上げると、秋晴れの空の上に噴煙が筋のように昇っていた。

 ――かの竹取物語の最後は、駿河の国の高い山で翁と老婆が不死の薬を燃やして煙を月まで届けたのだという。

 噴煙を眺め、季音はふとそれを思い出してしまった。

 しかし、自分はかぐや姫ではない。
 確かに帝の娘――一応は姫ではあるだろうし、〝愛する人が迎えに来る〟と約束してくれたが、行き着く先は恐らく黄泉の国だろうと憶測が立った。

 欲張りにも未練はありすぎた。まだ生きたいと思えてしまう。
 だが、そんな時間はもうないと分かっていた。それでも、初めからこうなることを理解し、騙し隠してきた彼を責める気にはなれなかった。自分の立場で考えれば、言えないだろうと思えたから。

(龍志様は私をもう一度愛してくれた。もういいの、充分なのよ)

 季音は心の中で自分に言い聞かせ、ゆったりと歩みを進めた。

 やがて辿り着いた約束の場所。そこは、まるで水の流れていない川のようだった。
 やはり生命の息吹を何一つ感じられない。所々に湯気が噴き出す丸石が転がる荒涼とした場所を歩んで間もなく、岩肌にぽっかりと開いた洞窟を見つけた。

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