愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「……藤夜様。貴女は〝私の気など〟と言ったわよね? あの歌を誰に詠ったかはなんとなく、想像できる。貴女、きっと先代の神を想ったのでしょう。どうしてそれを本人に言わなかったの。有無を言わせず押しつけた? 貴女はきっと私よりも、うんと頭が良い。何か対処しようがあったんじゃないの。そもそも、本人に思いを言えばよかったじゃない」

 ――せめて、身体を貸したのだから全てを言いなさい。ううん、言え。
 季音は青筋を立てて凄む。すると、藤夜は薄紅の唇に綻ばせ、たちまち高らかな笑い声をこぼした。

「何よ」

 藤夜を睨むが、彼女は依然として、肩と背を震わせて腹の底から笑っていた。その(まなじり)には涙も滲んでいて、何がそんなに可笑しいのか分からない。

「笑うことないじゃない! 私は本気で言っているの! 教えなさい、全部」

 ――私をどうしたいの。龍志様をどうするつもりなの!

 季音が叫んだときだった。
 四阿(あずまや)の入り口から小さな物音がした――はっとした季音が顔を向けると、そこには齢二、三歳ほどの小さな男の子が立っていた。

 人の子だろう。妖らしき特徴は微塵も見えなかった。あまりに突然……それも意外な来訪者に、季音は自然と藤夜に掴みかかっていた手を離す。

 ――青光りするほどの濡羽色(ぬればいろ)の髪に、陶器のように白い肌、その顔立ちは優しく柔らかい。心なしかその(おもて)は自分と似ているだろう……。
 季音がそう思った矢先だった。

「なんじゃい、うるさくしてしもうたか。起きたのかい?」

 驚くほど優しい声色だった。
 稚児(ちご)は藤夜にニコっと微笑むと、よちよちとした歩みで近づく。そうして、藤夜は当たり前のようにその子を抱きかかえた。

 ――この子は誰?
 季音の思考はぴたりと止まった。

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