愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第32話 夕闇の門開く命の約束
時の経過は存外早かった。
藤夜は時折、体調を気遣い、声をかけてくれたが、あれまでの不調が嘘のように季音は調子が良かった。
そうして三日目……夕暮れ時を迎える頃、約束通りに龍志が迎えにやってきた。
装いはいつも通りの鉄紺の作務衣――それに手ぬぐいを頭に巻き、まるで農作業のような軽装だった。傍らには蘢と朧、そしてタキも連れていた。
「少し顔色が良くなったな」
季音だとすぐに理解できたのだろう。龍志は近づくなり、普段通りの態度で季音の髪を掬うように撫で、僅かに笑んだ。
黒曜石のような瞳に宿る力強い精気は戻りつつあった。だが、髪を撫でる手は依然として白く、血の気が足りないのが目に見えて分かった。
自分の意思ではない。まして、表に出れば正気を保てなくなる藤夜の意思でもない。それでも自分のしたことに変わりはなく、罪深く思えた。
季音はその手を握りしめ、深く頭を垂れる。
「こうして健常なのは……龍志様の精気のお陰です。どう謝ればよいか分からないです。ただ、私の中にいる藤夜様から〝本当の話〟を色々と聞きました。その上で、私と藤夜様からどうしても龍志様に依頼したいことがあるのです」
毅然として季音は告げる。思いかげない言葉だったのだろう。
「依頼……?」
龍志は、目を大きく開く。
「まず先に、藤夜様のことをお話します。私の中にいる神様――藤夜様は、表に出ない限り荒魂の干渉を受けず、正気でいられます」
――心の中にある四季折々の花が咲き乱れる不思議な庭、〝魂の宿る場所〟に彼女はいること。彼女の存在を初めて知ったのは蛍狩りに出かけた梅雨の日だったこと。そこにいる彼女は常に正気なこと。
彼女の恨みや今の気持ち……それら全てを、季音は龍志に語った。
「それで……依頼というのは、藤夜をお前の身体から引き剥がせということか? しかし、取り憑いておきながら、いきなり素直に出たいなど……」
龍志は首を傾け、怪訝な視線を季音に向けた。
裏があると言いたいのだろう。それは言わずとも季音には分かった。
藤夜は時折、体調を気遣い、声をかけてくれたが、あれまでの不調が嘘のように季音は調子が良かった。
そうして三日目……夕暮れ時を迎える頃、約束通りに龍志が迎えにやってきた。
装いはいつも通りの鉄紺の作務衣――それに手ぬぐいを頭に巻き、まるで農作業のような軽装だった。傍らには蘢と朧、そしてタキも連れていた。
「少し顔色が良くなったな」
季音だとすぐに理解できたのだろう。龍志は近づくなり、普段通りの態度で季音の髪を掬うように撫で、僅かに笑んだ。
黒曜石のような瞳に宿る力強い精気は戻りつつあった。だが、髪を撫でる手は依然として白く、血の気が足りないのが目に見えて分かった。
自分の意思ではない。まして、表に出れば正気を保てなくなる藤夜の意思でもない。それでも自分のしたことに変わりはなく、罪深く思えた。
季音はその手を握りしめ、深く頭を垂れる。
「こうして健常なのは……龍志様の精気のお陰です。どう謝ればよいか分からないです。ただ、私の中にいる藤夜様から〝本当の話〟を色々と聞きました。その上で、私と藤夜様からどうしても龍志様に依頼したいことがあるのです」
毅然として季音は告げる。思いかげない言葉だったのだろう。
「依頼……?」
龍志は、目を大きく開く。
「まず先に、藤夜様のことをお話します。私の中にいる神様――藤夜様は、表に出ない限り荒魂の干渉を受けず、正気でいられます」
――心の中にある四季折々の花が咲き乱れる不思議な庭、〝魂の宿る場所〟に彼女はいること。彼女の存在を初めて知ったのは蛍狩りに出かけた梅雨の日だったこと。そこにいる彼女は常に正気なこと。
彼女の恨みや今の気持ち……それら全てを、季音は龍志に語った。
「それで……依頼というのは、藤夜をお前の身体から引き剥がせということか? しかし、取り憑いておきながら、いきなり素直に出たいなど……」
龍志は首を傾け、怪訝な視線を季音に向けた。
裏があると言いたいのだろう。それは言わずとも季音には分かった。