愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「脆弱な私は神頼みしかできなかった。ううん、別の意味では、彼岸を遠ざけて現世に留めてくれたのは藤夜様のせいであり、お陰だった。それがあっての奇跡……でも、決して許されざる罪を犯した」

 身に覚えはないが、多くの命を奪った。だが、無力さを認め、(しか)と生きて償うことこそ本当の償い――と、季音が呟くように独りごちた瞬間、獣の咆哮(ほうこう)が脳裏に轟く。

 同時に、意識が霞み始める。瞬く間に鮮烈な痛みが全身を駆け巡り、季音の身体を締め付ける。まるで過去の罪が再び飲み込もうとするかのように。

「ごめんなさい、来て早々だけど、私が今度は表にいかないと……」

 季音は屈んで、稚児の頬と頭をやんわりと撫でて精一杯微笑んだ。だが、まだこの子には伝えたいことがある。
 季音は稚児に向きあい、その黒曜石の瞳をまっすぐに見つめた。

「あなたにひとつ、お願いがあるの。あと半年くらい経ったら、必ず私とあなたの〝お父様〟に会いに来て……絶対の約束よ? 私はそうするために、頑張るしかできないけど、必ず生き抜くわ、諦めたりしないから」

 季音は稚児の小さな手の前に、自分の小指をそっと差し出す。
 稚児はその意味を理解したのだろう。小指を絡めて深く頷く。

『分かった、おかあさま。だから生きて……僕をおとうさまにも会わせて』

 ――ぼくに本当の四季を見せて。
 稚児は花が綻ぶような優しい微笑みを浮かべ、そう付け加える。

 その鈴のような愛らしい声は、季音の頭の中に清らかに響き、胸を温かく締め付けた。

 季音は静かに頷き、四阿(あずまや)を後にする。痛む身体を引きずりながら、朱塗りの門に辿り着くと、高く(そび)える門を力強く睨みつける。

「開きなさい。私は希望を捨てない。この奇跡は手放さない」

  何もできない愚図でも、痛みには強い。必ず乗り越えてみせる。黄泉へ逝くのは今ではない。往生際の悪い根性だけは誰にも負けない――!

 季音が告げた瞬間、門は眩い光を放ち、ゆっくりと開いた。


 ***

 瞼を開くと、視界は霞んでいた。

 凍えるほど寒かった。季音は背を丸め、季音は(うめ)く。頭が割れるような痛みに襲われた。だが、その感覚はどこか懐かしく感じられた。それでも負けじと、季音は体を起こす。

「おい、大丈夫か……!」

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