愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 高い掠れ声に顔を向けると、タキが近づいてきた。

「龍志様は……蘢様に朧様は……!」

「あいつは今、結界の中で藤夜を押さえつけている。荒魂(あらみたま)を取り出す段階だ。蘢と朧がその役目を担った。おれは、お前が目を覚ました時に傍にいろと言われている」

 ――よく頑張った、もう少し頑張れ。と、瀧に抱きしめられ、季音は彼女の背に手を回した。

 瀧の背の向こうでは、白銀の結界が煌々と輝いていた。
 絶え間なく響く獰猛な獣の咆哮(ほうこう)に、季音は目を(みは)った。

 それは咆哮(ほうこう)であって、慟哭(どうこく)だった。

 同じ場所にいたからだろう。長く傍に居たからだろう。理性を失った彼女は深い悲しみと後悔に嘆いていると分かる。
 結界の中心には、藤色に光る小さな光の球体があった。それが藤夜の魂だと分かった。

 すさまじい瘴気を放っているのが、離れていても感じられた。

 巨大な(いぬ)と化した蘢は牙を剥いたが、近づけば無数の手が彼を払う。朧も爪を振り上げ幻術を使い飛びかかるが、同じく払いのけられた。

「さっきからずっとこうだ……。それにあいつも本調子じゃない。限界が近い」

 瀧は苦しげに龍志に視線を向けた。
 視線の先の彼は玉のような汗をかき、詠唱を続けていた。声は(しわが)れ、今にも崩れ落ちそうだった。

 ――私が彼の精気を奪ったからだ。こんなすれ違いがなければ、こうはならなかっただろう。祈った自分、応じた神……災いは共犯だ。季音は血が滲むほど唇を噛みしめる。

「お瀧ちゃん……お願い、肩を貸して。藤夜様と話がしたい」

 縋る勢いで懇願すると、瀧は剣幕で季音を睨んだ。

「馬鹿か! お前はもうただの人だ。妖や神通力を持つ陰陽師でもやっと気を保ってる。お前が近づけば、瘴気にやられて気が狂う! また憑かれるぞ! 本末転倒だ!」

 瀧の勢いに気圧されそうになりながら、季音は首を振ってよろよろと立ち上がる。
 彼女の言葉を振り切るように踏みしめる。

 確かに、季音はただの人に戻っていた。胸元に垂れる髪は雪白(せっぱく)のままだが、かつての尻尾は消え、耳の聞こえもかすかに鈍い。人の耳に戻ったことを、季音は静かに自覚する。

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