愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 焦茶色の双眸(そうぼう)を大きく見開き、季音は瀧を真っ直ぐに見つめる。その瞳には、揺らぐことのない決意が宿っていた。

「確かにそうよ。でも大丈夫。相手は神様だけど、お瀧ちゃんみたいに良い友達になれそうだって分かってるの。それにね私、藤夜様から文をもらったの、私も気持ちを伝えたいの」
 
 季音は静かに告げると、タキを横切り、結界へと歩み始める。
 その足取りはおぼつかなく、歩を進めるたびに頭が煮え立つような熱と痛みに襲われる。吐き気が胸を締め付け、季音は懐から(ふじ)の簪を取り出し、強く願う。
  ――どうか、辿り着けますように。思いが届きますように。

  だが、ひどい目眩に崩れ落ちそうになった瞬間、背後から誰かに支えられる。

「馬鹿季音! 一人で何でも決めやがって……!  一緒に行ってやる。人なんか大嫌いだが、お前は好きだ。だからお前を信じる!」

 瀧だった。彼女は季音の腕を肩にかけ、力強く支えながら、ゆったりと歩を進める。
  結界に近づくにつれ、瘴気が濃厚に立ち込める。堪らず咳き込むと、手に血が滲む。それでも季音は、龍志の元へと懸命に辿り着く。

「龍志様、お願い、結界を解いて。貴方も限界のはずです」

 季音が言うと、龍志は詠唱を止め、振り返った。
 彼は満身創痍(まんしんそうい)だった。荒々しく息を吐き、汗に濡れ、立っているのがやっとだと、目に見えて分かる。

「……馬鹿かお前、また取り憑かれるぞ」

 ──瀧。いいから早く。季音を連れて、逃げろ。
 龍志は続けてそう示唆するが、季音は首を振るう。

「大丈夫です。私には貴方の妻として、母としての揺るがぬ心があります。そして……龍志様と同じくらいに、藤夜様を信じています。どうか、私を信じて」

 季音は龍志の頬を撫で、穏やかに笑む。しかし、龍志はそれを渋った。

「おい。お前のつがいは、愚図だが、強情だ。信じてやれ……信じてやれよ!」

 瀧の言葉に龍志の黒曜石の瞳は揺らぐ。
 そして、彼は結界を解くなり──崩れるように地面に膝をついた。

 本当に立っているのも限界だったのだろう。こちらを見る彼の瞳は酷く揺れている。
 見た事も無い表情だった。
 今にも溢れんばかりに涙を溜めていて……。

 だが、その途端だった。
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