愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
終章

〝狐の嫁入り〟降り注ぐ初夏

 時は経ち、二年の月日が巡った。
 松川の潮風が鼻先を(くすぐ)る梅雨晴れの初夏。
 季音は真っ白な白無垢に身を包み、龍志と共に花嫁行列の先頭を歩んだ。
 
 その僅か後方に、初老の女性──龍志の母に手を引かれて歩む我が子の姿がある。それを見て境内に参拝に来ていた人たちは皆にこやかな笑顔で祝福の声をかけて見守っていた。

 ……しかし、この列に並ぶ三名が妖と神獣だなんて誰も気づいていないだろう。

 後方で傘を持つ朧は大男の姿だが、角はなく、髪は黒々としていた。タキは人に化け、尻尾も耳もない姿で、まるで町娘のようだった。着物を纏えば、凛とした美少女そのもので彼女は大変可愛らしい。街の男たちはその姿に心奪われている様子だが、彼女はどこか煙たそうな顔をしていた。
 そんな好評は蘢も同様で──街の娘たちは彼を見て、黄色い声を上げてうっとりしていた。

 そして、それは季音も同じで……。

「見て! あの花嫁さん、とても綺麗!」
「真っ白な髪……だけど、神秘的で素敵ね」

 少女たちの声が耳に届き、季音は顔を赤らめて俯いた。
 
 そう。二年の時を経ても、季音の髪の色素だけは、人の時の色に戻らなかった。
 藤夜に長いこと取り憑かれていた影響か。元があまりに病弱だった体の影響か……。理由は定かでないが、髪色だけは戻らなかった。
 日常生活に支障はない。それでも、人目に触れるのはこの日が初めてだった。
 普通でない。そうと分かるからこそ、本心では恥ずかしい半面で怖かった。

 まじまじとこう見られると羞恥と畏怖に震えてしまう。そんな季音を、龍志はそっと突いた。
「季音、褒められてるんだ、顔上げて胸を張っていろ。お前の髪は綺麗だ」

 紋付き袴の龍志は、髪を高く結い上げ、詠龍にますます似ていた。
 だが、少女たちの囁きが届く。

「ねぇ、もしかして……あの旦那様、あれって女たらしのあの……」
「吉河神社の不良神職者? 顔だけ良くて、悪名が高かったけど……随分丸くなったわね」

 その言葉に、季音はジトリと龍志を睨む。後方で朧が笑いを堪えた。
 龍志は「昔の話だ」と一蹴し、苦笑いでそっぽを向く。

 この件は、黒羽に戻ったらじっくり聞こう。
 
「……龍志様のすけこまし」
< 143 / 145 >

この作品をシェア

pagetop