愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
むくれて季音が言うと、「どこでそんな言葉を覚えたんだよ」と彼は苦笑いした。
こうして今日、挙式に至ったのは、一年前、息子の龍弥が生まれた直後に遡る。
龍志が兄・虎貴に子が生まれたと文を出し報告したところ、虎貴が黒羽を訪れ、心から祝福してくれた。
そうして、父の喪が明ける来年、松川で挙式を、と話が進んだ。
季音は自分の容姿や、知れなさに、きっと怪しまれるかと不安だったが、龍志の母は温かく季音を迎え入れてくれた。
「貴女がお季音さんね。虎貴から話は聞いていたの。龍志はとても可愛らしいお嫁さんを貰ったって」
──龍志を宜しくね、ありがとう。
容姿など一切ふれず、そんな風に微笑んでくれた彼の母は、見るからに深い愛情に溢れた人だった。そして、龍弥を見せて、抱かせれば涙をこぼして喜び、幸せそうな顔をした。
こんな喜びようを見ると、今まで感じていた不安は馬鹿馬鹿しくなって、遙々と松川まで来て良かったと心から思えた。
そしてこの旅路に、瀧に蘢と朧も同行してくれたことは本当に、何よりも心強く幸せだった。
そうして花嫁行列が鳥居をくぐろうとしたときだった。晴天からハタハタと雨粒が降ってくる。そんな中、龍弥が空を指し、稚拙な声で「狐」を示す言葉を何度も連呼した。
「日照雨──狐の嫁入りだ。龍弥も分かるってことは、藤夜の計らいだろうな。季音が泣いてるんじゃないかって涙を流してるなら、流してやろうってことだろう」
龍志は日差しに濡れる雨を見上げて、やんわりと笑む。
(もう充分泣きましたから、これ以上は泣きませんよ)
――ありがとう、藤夜様。季音は心の箱庭に住む九尾の瑞獣を思い、深く感謝した。
***
その後、豊穣の女神〝藤夜姫乃命〟を祀る黒羽の藍生神社は栄え、多くの参拝者を集めるようになった。
神殿の奥、厳かな祭壇には、金細工の藤の簪が祀られ、燭台の明かりに照らされて静かに輝く。
その繊細な光は、まるで女神の魂が穏やかに息づいているかのようだった。
だが、藍生神社には不可思議な魅力が漂う。
狛犬は不思議なことに一匹だけが鎮座し、その傍らには大きな「鬼岩」と小さな「狸岩」がしめ縄で結ばれている。
こうして今日、挙式に至ったのは、一年前、息子の龍弥が生まれた直後に遡る。
龍志が兄・虎貴に子が生まれたと文を出し報告したところ、虎貴が黒羽を訪れ、心から祝福してくれた。
そうして、父の喪が明ける来年、松川で挙式を、と話が進んだ。
季音は自分の容姿や、知れなさに、きっと怪しまれるかと不安だったが、龍志の母は温かく季音を迎え入れてくれた。
「貴女がお季音さんね。虎貴から話は聞いていたの。龍志はとても可愛らしいお嫁さんを貰ったって」
──龍志を宜しくね、ありがとう。
容姿など一切ふれず、そんな風に微笑んでくれた彼の母は、見るからに深い愛情に溢れた人だった。そして、龍弥を見せて、抱かせれば涙をこぼして喜び、幸せそうな顔をした。
こんな喜びようを見ると、今まで感じていた不安は馬鹿馬鹿しくなって、遙々と松川まで来て良かったと心から思えた。
そしてこの旅路に、瀧に蘢と朧も同行してくれたことは本当に、何よりも心強く幸せだった。
そうして花嫁行列が鳥居をくぐろうとしたときだった。晴天からハタハタと雨粒が降ってくる。そんな中、龍弥が空を指し、稚拙な声で「狐」を示す言葉を何度も連呼した。
「日照雨──狐の嫁入りだ。龍弥も分かるってことは、藤夜の計らいだろうな。季音が泣いてるんじゃないかって涙を流してるなら、流してやろうってことだろう」
龍志は日差しに濡れる雨を見上げて、やんわりと笑む。
(もう充分泣きましたから、これ以上は泣きませんよ)
――ありがとう、藤夜様。季音は心の箱庭に住む九尾の瑞獣を思い、深く感謝した。
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その後、豊穣の女神〝藤夜姫乃命〟を祀る黒羽の藍生神社は栄え、多くの参拝者を集めるようになった。
神殿の奥、厳かな祭壇には、金細工の藤の簪が祀られ、燭台の明かりに照らされて静かに輝く。
その繊細な光は、まるで女神の魂が穏やかに息づいているかのようだった。
だが、藍生神社には不可思議な魅力が漂う。
狛犬は不思議なことに一匹だけが鎮座し、その傍らには大きな「鬼岩」と小さな「狸岩」がしめ縄で結ばれている。