愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
しかし、彼が何をしている人物なのかは不明だった。そんなことを思ってキネはしゃがみ込んで小さな若苗を見つめる。
だが、キネはすぐに考える事を止めた。
(違うわ。知る必要も、もうないのよ)
そう、今まさにここを出て行くのだから金輪際彼に関わる事はないのだ。
思い正したキネは立ち上がり、自分がひと月程生活していた家屋を改めて振り返る。
そこに佇んでいた家屋は、案の定のボロ屋だった。人の家屋など遠目でしか見たこともないが、これほどまでにみすぼらしい佇まいは初めてだ。
キネは口をぽっかり開けて家屋を眺めた。
茅葺き屋根に土の壁。幾らか壁は補強された跡が残っており、かなり年季の入った家屋だと見てくれから理解できた。
きっと、秋口訪れる猛烈な暴風を伴う豪雨に見舞われれば吹き飛んでしまいそうな程。見るからに脆弱そうな佇まいをしていた。
それでも恩人の家だ。
キネは深々と頭を垂れて家主が不在の家屋に礼を述べた。
そうして、彼女は笹垣を伝って出口を探す。そのさなかのことだった。
前方に苔生した小さな家屋らしきものが見えてきたのだ。まさか、もう一つ家があったとでも言うのだろうか──眉をひそめてキネは足早に歩み寄った。
やがて家屋らしき佇まい向こう側から見えてきたものは朱塗りが殆ど剥がれた鳥居だった。
それを見ただけで嫌な程に胸が軋んだ。まさか、神を奉る社だったのだろうか。
だが、そこにはもう神はいないのだろう──と、キネが悟るのはすぐだった。
木造建ての社は風化寸前だった。 もはや社と言って良いかもわからない廃屋である。かろうじて原型はあるが所々ささくれた板が浮いていて、いつ崩れ落ちるかわからない程に朽ちていた。社の正面に設置された賽銭箱があるが、それだって板が腐食している。
更によく見てみれば、一対でいるはずのものが一匹しかいないのだ。
台座は残っているものの、口を閉じた狗だけで獅子の方はどこにも見当たらない。
はっきりとその光景を見た途端、キネの心臓は嫌な程に早く脈打った。
言葉なんて出なかった。得体の知れぬ恐怖が心を蝕み足は竦んでしまう。知らない景色のはずだ。けれど、どこか知っているような気さえもしてしまい、彼女は一歩二歩と後退りをした。
だが、キネはすぐに考える事を止めた。
(違うわ。知る必要も、もうないのよ)
そう、今まさにここを出て行くのだから金輪際彼に関わる事はないのだ。
思い正したキネは立ち上がり、自分がひと月程生活していた家屋を改めて振り返る。
そこに佇んでいた家屋は、案の定のボロ屋だった。人の家屋など遠目でしか見たこともないが、これほどまでにみすぼらしい佇まいは初めてだ。
キネは口をぽっかり開けて家屋を眺めた。
茅葺き屋根に土の壁。幾らか壁は補強された跡が残っており、かなり年季の入った家屋だと見てくれから理解できた。
きっと、秋口訪れる猛烈な暴風を伴う豪雨に見舞われれば吹き飛んでしまいそうな程。見るからに脆弱そうな佇まいをしていた。
それでも恩人の家だ。
キネは深々と頭を垂れて家主が不在の家屋に礼を述べた。
そうして、彼女は笹垣を伝って出口を探す。そのさなかのことだった。
前方に苔生した小さな家屋らしきものが見えてきたのだ。まさか、もう一つ家があったとでも言うのだろうか──眉をひそめてキネは足早に歩み寄った。
やがて家屋らしき佇まい向こう側から見えてきたものは朱塗りが殆ど剥がれた鳥居だった。
それを見ただけで嫌な程に胸が軋んだ。まさか、神を奉る社だったのだろうか。
だが、そこにはもう神はいないのだろう──と、キネが悟るのはすぐだった。
木造建ての社は風化寸前だった。 もはや社と言って良いかもわからない廃屋である。かろうじて原型はあるが所々ささくれた板が浮いていて、いつ崩れ落ちるかわからない程に朽ちていた。社の正面に設置された賽銭箱があるが、それだって板が腐食している。
更によく見てみれば、一対でいるはずのものが一匹しかいないのだ。
台座は残っているものの、口を閉じた狗だけで獅子の方はどこにも見当たらない。
はっきりとその光景を見た途端、キネの心臓は嫌な程に早く脈打った。
言葉なんて出なかった。得体の知れぬ恐怖が心を蝕み足は竦んでしまう。知らない景色のはずだ。けれど、どこか知っているような気さえもしてしまい、彼女は一歩二歩と後退りをした。