愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第7話 名の持つ意味
※※※
卯月。
キネが龍志の家に来てから、早くも二か月が過ぎ去った。
固い桜の蕾は知らぬ間に綻び、今では満開を迎えている。陽光も暖かくなり、本格的な春が訪れた。
陽光も暖かくなり、春の柔らかな風が社の境内をそっと撫でる。本格的な春が訪れ、キネの心もどこか浮き立つようだった。
龍志は何度か、社の敷地外の山林にキネを連れて行ってくれた。敷地の外なら人の匂いが染みつかず、タキが現れるかもしれないと……。
だが、どれだけ呼んでもタキは姿を見せなかった。
見放された──と、つい悪い方へ考えてしまう。
それに対し、龍志はそのたび「下らないことを悩むな」とキネを突っぱねる。だが、それはきっと「信じてやれ」と言いたいのだろうと、キネにはもうわかっていた。
彼はぶっきらぼうだ。愚図な姿を見せれば、嗜虐的な顔をすることもある。だが、言葉とは裏腹に根は優しく穏やかだと、二か月も共に過ごせばよくわかった。
何せ彼は顔に出やすい。
口では素っ気なくとも、切れ長の目が優しく細められるのを見ると、自然とそう思えてしまう。
キネが何か失敗しても、彼のそんな表情に救われることが何度もあった。まるで、どんなときもそばで見守ってくれるような安心感がそこにはある。
そんな彼と過ごすほど、どこか懐かしいと感じることが度々あった。
見覚えはない、知らないはず──それでも心の奥底で何かが沈殿している気がしたが、その深い部分まで手が届かなかった。
詠龍。
一度だけ蘢が口にした、聞き覚えのある名が手がかりだった。
だが、あの剣幕さから、キネは龍志にそれを尋ねられなかった。
ならば自分で思い出せばいい──そう思ったけれど、その名を思い出そうと深く考え込むほど、頭の奥からズキリと鈍い痛みが走った。
──ここまで思い出すのが苦しいのは、辛い記憶なのかもしれない。そう思えて、キネはその名を深く考えるのを諦めた。
ただ、二か月も共に過ごして困ったことが一つだけあった。
それはもう、頻繁に尻尾を掴まれることだ。
愚鈍な姿を見せたときに掴まれることが多いが、ここ最近では、何でもないときにもさえやられて、頻度が増えた気がする。
キネがうっかり湯飲みを落としそうになったときや、ぼーっと空を見上げているとき、ふいに龍志の手が伸びてくるのだ。
『いや。単純に反応が可愛くて面白いから……』
卯月。
キネが龍志の家に来てから、早くも二か月が過ぎ去った。
固い桜の蕾は知らぬ間に綻び、今では満開を迎えている。陽光も暖かくなり、本格的な春が訪れた。
陽光も暖かくなり、春の柔らかな風が社の境内をそっと撫でる。本格的な春が訪れ、キネの心もどこか浮き立つようだった。
龍志は何度か、社の敷地外の山林にキネを連れて行ってくれた。敷地の外なら人の匂いが染みつかず、タキが現れるかもしれないと……。
だが、どれだけ呼んでもタキは姿を見せなかった。
見放された──と、つい悪い方へ考えてしまう。
それに対し、龍志はそのたび「下らないことを悩むな」とキネを突っぱねる。だが、それはきっと「信じてやれ」と言いたいのだろうと、キネにはもうわかっていた。
彼はぶっきらぼうだ。愚図な姿を見せれば、嗜虐的な顔をすることもある。だが、言葉とは裏腹に根は優しく穏やかだと、二か月も共に過ごせばよくわかった。
何せ彼は顔に出やすい。
口では素っ気なくとも、切れ長の目が優しく細められるのを見ると、自然とそう思えてしまう。
キネが何か失敗しても、彼のそんな表情に救われることが何度もあった。まるで、どんなときもそばで見守ってくれるような安心感がそこにはある。
そんな彼と過ごすほど、どこか懐かしいと感じることが度々あった。
見覚えはない、知らないはず──それでも心の奥底で何かが沈殿している気がしたが、その深い部分まで手が届かなかった。
詠龍。
一度だけ蘢が口にした、聞き覚えのある名が手がかりだった。
だが、あの剣幕さから、キネは龍志にそれを尋ねられなかった。
ならば自分で思い出せばいい──そう思ったけれど、その名を思い出そうと深く考え込むほど、頭の奥からズキリと鈍い痛みが走った。
──ここまで思い出すのが苦しいのは、辛い記憶なのかもしれない。そう思えて、キネはその名を深く考えるのを諦めた。
ただ、二か月も共に過ごして困ったことが一つだけあった。
それはもう、頻繁に尻尾を掴まれることだ。
愚鈍な姿を見せたときに掴まれることが多いが、ここ最近では、何でもないときにもさえやられて、頻度が増えた気がする。
キネがうっかり湯飲みを落としそうになったときや、ぼーっと空を見上げているとき、ふいに龍志の手が伸びてくるのだ。
『いや。単純に反応が可愛くて面白いから……』