愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 なんて、龍志は嗜虐的に言うが、やられる側からすれば堪ったものではない。キネは毎回、びくっと飛び上がって抗議の声を上げるが、彼はニヤリと笑うだけだ。

 尻尾を持つ者の感覚では、尾は胸や尻を触られるのと変わらない。
 それを彼に言っても「そうか、じゃあ俺の急所か相応の場所を触るか?」と斜め上のことを言われてれて、反論すらできなかった。

 それを除けば、春の日々は気が抜けるほど穏やかだった。
 龍志の家での生活は、キネに不思議な安心感を与えてくれた。囲炉裏のそばで茶を飲みながら交わす他愛もない会話、春風に揺れる笹を見上げるひととき。すべてが、キネの心を柔らかく解きほぐすようだった。

 ***

「多分、あと数日で桜も多分散り始めるな」

 ──雨でも降れば、それも早まるものだ。なんて付け添えて。二つの湯飲みに茶を注ぎながら龍志は言う。
 囲炉裏の火がパチパチと小さく音を立て、湯気の立つ茶が部屋にほのかな香りを広げた。

「桜は儚いものですね……」
「だが、それに趣があると人はよく言うものだ」

 そっとキネの前に湯気立つ湯飲みを差し出した後、彼は自分の湯飲みに口を付け、ズッと熱い茶を啜った。その仕草に、キネはつい見とれてしまう。
 普段のぶっきらぼうさとは裏腹に、どこか落ち着いた雰囲気が漂う瞬間だった。

「思えば私……桜を見たのはこの姿になってからは初めてです。記憶にもないですが、〝ああこれが桜なんだ〟って遠目から見てすぐに分かったので、今更ながらに色々知ってたんだなぁなんて思うことが度々あるのです」

 いつも通りの他愛もない会話だった。
 こうして就寝前に彼の部屋の囲炉裏の前で二人並んで茶を飲むのが習慣になりつつある。キネは熱々の湯飲みを両手で包み込むように持ち、唇をつけた瞬間だった。

「……なぁ。花で思い出したが、お前は不思議な名前を付けられたものだな」
「え?」

 突飛(とっぴ)もない言葉にキネは目を丸く開く。だが、花と何か関係があるのだろうか……と思った矢先、昔タキに教わった妖の名の規則を思い出した。

 ──妖の名は、草花や木、天候や気象現象など全てが自然に結びつくものだ。
 獣の妖は、記憶を引き継いでいるから元の名を名乗ることも多いが、それもほとんどは自然的なものばかりだった。

 キネ。確かに不思議な名かもしれない。
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