愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 タキは『滝』を彷彿させる名だからおかしくはない。
 だが、キネの名は自然物と結び付かなかった。

『お揃いだから別にいいだろ』と、付けられたその名の由来をふと思い出し、キネは少し恥ずかしくなって視線をわずかに反らす。すると、龍志は眉を寄せて首を捻った。

「乏しているわけではない、ただ不思議に思っただけだ。蘢が良い例だろう。神獣は妖とは別とは言え、あいつも同じ規則が採用されている……まぁ、赤飯みたいな草の名だな」
「そうなのですね。私の名前は親友のおタキちゃんに付けられたので。お揃いなのです」

「……なぁ。そのタキって言う奴だが、まさかとは思うが狸の妖か?」

 一拍置いて彼の言った言葉にキネは唖然として目を見開いた。
 何せタキがどんな妖かなんて彼には一度も言ったことがなかったのだ。

 ただ黙って頷くと、龍志は『なるほど』と頷き、書き物机に(すずり)と筆を用意した。

「多分だけど、こういうことじゃないか?」

 片手で硯を刷りながら龍志はキネを手招きする。
 キネがそっと近寄れば、彼はできたての墨汁を筆に染み込ませ、真っ新な紙の上に「たぬき」「きつね」と文字を綴った。筆の動きは滑らかで、どこか真剣な雰囲気が漂う。

 自分は元々、ただの狐のはず。
 だが、それがはっきりと読めてしまったことにキネは少し違和感を覚えたのも束の間──龍志は双方の二文字目に斜線を引いた。

「間を抜いた……よって〝タキ〟と〝キネ〟。そういうことか? あくまでこれは推測だが、そのタキとやらはあまり狸らしくないだろ」

 新たな驚きでキネは口をあんぐりと開いてしまった。
 その答えがまさにその通りだったから。

「そ、その通りです。でもどうして……」
「ただの憶測だったけどな。お前が微塵も狐らしくないから」

 龍志はあっさりと告げる。だが、キネの頭はまだ驚きでいっぱいだ。
 やがて彼の言葉がじわじわと心に響き、急に羞恥が込み上げ、ドッと頬を赤らめたキネは唇をあわあわと動かす。

 ──つまり、愚図で正真正銘の間抜けと言いたいのだろう。

「ひ、ひどいです! 確かに私、間抜けで愚図ですけど!」

 思わずまくし立てれば、間髪入れず彼はキネの肩を叩いて宥めに入る。
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