愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 ……どうしてこんな状況になったのだろう。
 キネは目を白黒させて、あわあわと慌てふためく。

 だが、これだけは分かる。種族は違えど、彼は自分を雌だとしっかり認識している。このまま流されてしまえば、きっととんでもなく淫靡なことをされてしまうのではないかと──改めて、夜這いと勘違いされたあの夜を思い出し、キネは彼の肩を押した。

「あ、あの……龍志様!」
「ああ、悪い……つい」

『つい』とは何だろうか。
 そんなことをふと思ってしまうが、自分の鼓動があまりにうるさく、それ以上は何も考えられなくなった。

 彼はどこか照れくさそうに後ろ髪を掻き、身を離すと、硯と筆を片付け始めた。

「さて、寝るか?」

 背を向けた彼はぽつりと告げるが、キネはまだ呆然としたままだった。が──

「きゃあ!」
 再び、視界いっぱいに彼の顔が近付いて、キネは素っ頓興な声をあげる。

「……おい、部屋に戻れ。そんなに俺と寝たいのか?」

 キネは慌てて後退り、首をぶんぶんと横に振り乱す。

「ち、ちちち……違います! 私、そんな」
「いや。さすがにそこまで拒否されると……俺でも少し傷付く」

 心底つまらなそうに龍志は言うが、どことなく本気でこれは言ってるだろうなと察してしまった。
 変な流れにならないようにしないと。キネは自分を落ち着かせるよう、姿勢を正して龍志に再び向きあった。

「ただ、その。私の名前に……素敵な意味をつけてくださって、本当にありがとうございます」

 鼓動は高鳴ったまま。そうしてキネは彼の顔を見ず、襖を開けて部屋に戻った。

 ***

 その夜半だった。キネは就寝前の出来事が忘れられず、時折ぶり返す頬の熱のせいで眠れずにいた。
 龍志の声、吐息、首筋に触れた唇の感触が、頭の中でぐるぐると巡る。胸の鼓動が収まらず、布団の中で何度も寝返りを打った。

 丸窓から見える月の傾きから、間もなく日付を跨ぐ頃合いだと悟り、いい加減に寝ようと寝返りを打った途端だった。

 襖が開く音がした。静かではあるが、はっきりと分かる。キネの心臓がドキリと跳ねた。
 驚きでキネが飛び起きると、そこには裸火(らか)を持った龍志が立っていた。揺れる炎が彼の顔をほのかに照らし、いつもより少し柔らかい表情に見えた。

 ──夜這い。

 夜半、男が女の部屋に逢瀬に来ること。その逢瀬は、もちろん艶やかな意味も含まれるもので……。
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