愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 部屋に戻るまでのやりとりがああだったから、自然とその言葉が頭をよぎる。
 キネは言葉を出すことも忘れ、顔を赤々と染めて彼を見上げた。月の光と裸火の揺らめきが、部屋に不思議な雰囲気を漂わせていた。

「なんだ、起きていたのか。いや、起こしたか?」

 一方、こんな夜半に部屋に踏み入ってきたというのに、龍志は平然としていた。いつも通りのぶっきらぼうな声。キネは少しだけホッとした。

「案外眠くならなくてな。ふと思い立ったが……麓へ花見に行かないか? こんな夜中じゃ人もいない。山を降りてすぐに桜の木もある。月も出てるから花もはっきり見えるだろ。一日くらい昼過ぎまでぐーたらと過ごさないか?」

 ──散る前に見に行こう、夜遊びしようぜ。なんて、少し戯けた調子で彼は告げた。

 だが、彼の表情は至って真剣。それがなんだか可笑しくて仕方ない。
 月明かりの下、桜を見に行くなんて、まるで二人だけの秘密の逢引きのよう。キネの胸は自然と高鳴り、頬の熱がまたぶり返した。

 それでも、こんな誘いは嬉しい。
 キネは笑顔で頷き、差し伸ばされた彼の手を取った。龍志の手は大きくて温かく、キネの小さな手をしっかり包み込む。
 その感触に、キネの心はまた少しだけ高鳴った。

 夜の静寂の中、二人はそっと社を出て、月光に照らされた桜の木を目指した。
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