愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 自分の名を呼んだ唇は青ざめていた。顔色も蒼白で血の気は完全に引いている。けれど、彼は玉のような汗をかき、荒い息をぜいぜいと吐き出していた。

 ――まさか。と、ふと過ぎったのはタキの入れ知恵だった。
 獣の妖の身体は獣とほぼ等しい。即ち体温が調整しにくく暑さにはめっぽう弱いと聞いた。
 妖とは違うが、彼も彼で〝獣〟の特徴を大きく持つ姿だ。だからきっと同じことではないのか……と、そんな推測が過ぎったのである。
 自分の場合は肩口を大きく露出した装いだが、彼の場合は巫覡(ふげき)の如くかっちりとした装いで肌の露出が極端にない。

「蘢様、暑いですか?」
「……はい」

 その返答は、ふわふわと宙を彷徨っていた。

 季音は無礼を承知で彼の身体を起こし上げて自分の胸にやんわりと抱く。そこではっきりと伝わったのはとんでもない熱だった。
 恐らく彼は、普段は石像に宿っているので、この姿でいることが極度に少ないのだろう。きっと慣れていないから起こる熱のこもりを確信し、季音は蘢の方に視線を向けた。

「蘢様、歩けますか? 裏口に涼みに行きましょう。無理なら無礼も承知ですが、おぶるか引きずってでも連れて行きます。それでも無理なら龍志様と朧様を呼び運びます」

 それをはっきりと伝えると、蘢は赤々と濡れた目を丸く(みは)った。

「……っ。歩ける、主殿とあやつを呼ばないでくれ」

 まるで懇願にも等しいほどに、弱々しい声だった。
 その言葉を信じて、季音は蘢に肩を貸して立ち上がった。
 しかし、彼の身体は動かない。季音は仕方なしに自分の首の後ろから彼の手を回すように促した。

「ごめんなさい、おぶります。とりあえず私に身体を委ねてください」

 蘢は無言だった。だが一拍二拍と置いた後、緩やかに体重がかかって、季音は蘢の膝裏を探って彼の身を持ち上げた。
 蘢をおぶった季音は、神殿裏手にある裏口に出た。出てすぐの石段に彼を下ろして、季音は暫し惑った後──彼の纏う装束の帯を解く。

「恥ずかしいでしょうが襦袢(じゅばん)だけになりましょう。私たち、獣の形の者は暑さに弱くて体温の調整が下手だと聞いたことがあります。兎にも角にも、身体を冷やしましょう」

 (さと)すように言えば、蘢は自分で衿を開き上の装束を脱ぐ。襦袢(じゅばん)は汗で肌に張り付いていた。それほど彼は汗をかき続けていた。
< 42 / 145 >

この作品をシェア

pagetop