愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 身体は細く華奢だが、雌独特のような丸みはない。たったそれだけで、いくら美麗で華奢だろうが、彼が雄なのだと改めて季音は理解した。
 しかし、非常時である。羞恖は微塵も感じられず季音は蘢の脱衣を手伝った。

 それで少しは涼しくなったのだろう。彼は穏やかに目を細めた。
 だが、それでも汗は止まらず季音はあることを思う。
 これだけの発汗だ。喉がきっと渇いているだろうかと……。

「少し待っていてください」

 勝手口に行って水を取ってこようと思った。ただそれだけのつもりだが、彼は季音の袖を摘まんで即座に首を横に振る。

「待て。告げるな……知られたくないのだ」

 やはり、主ともう一体の式のことを蘢は言った。
 彼が気高いことは目に見えて分かっている。たとえ主だろうと不調は知られたくないのだろう。
 その意を汲み取ることは容易く、季音はすぐ頷いた。

「大丈夫です、言いません。蘢様が朧様が苦手なことも、龍志様を深くお慕いしていることも存じています。龍志様たちは正面で作業しているので、ここは見つかりませんよ」

 ――水を取ってくるので少し待っていてください。そう言って、季音は急いでボロ屋の方へ向かっていった。

 戻って早々、蘢は湯飲み茶碗二杯分の水をすぐ飲み干した。
 それから、もう一度水を運んで……彼が三杯目を飲み始めたころには顔色が戻ってきたことを悟り、季音はただ安堵した。
 水がまだ必要かもしれないだろう。季音は蘢より一段下の石段に腰掛けて彼の様子をときおり振り返って確認していた。
 まだ必要かと聞いた方が良いか――と季音が振り返ったと同時だった。

「……世話をかけてすまなかった」

 突然礼を言われたことに驚いて、季音は大きく目を(みは)った。
 非常時で当たり前のことをしただけだ。それに、気高き彼に、そんな風に礼を言われることはやはり驚いてしまう。

 季音はどう反応すれば良いかも分からなかった。
 だが表情から察するに、本当に申し訳なかったと思っているのだろう。彼の太い眉尻があまりに下がっているものだから、どうにもいたたまれない気持ちに追いやられて、別の話を切り出すことを考えた。

「――蘢様は華奢でお美しいとは言え殿方なんですね。やっぱり少し重かったです」

 いっそ無礼だと怒られる方が良い。そう思って言ったつもりだったが、彼は怒りやしなかった。
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