愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第11話 神のいない社と二番目の懊悩

 ※※※

 修繕作業開始から三日が経過した。
 外からは一定の拍子で軽快に鳴る金槌(かなづち)の音や龍志と朧の声が聞こえるが、社殿内部で作業を進める季音と蘢の間には会話は指示以外に一切なかった。

 そもそも季音から蘢と話すことなどまるで思いつかなかった。

 全体の埃払いは終わり、今現在季音は神具を拭く他、新たに出た塵を掃いていた。

 不思議なことに神具はどこか見覚えのあるような物ばかり。
 しかし、それだけではない。どこに何があるのか、どこに窓があるのか、すべて手に取るように分かり、素直に気味が悪いとさえ思えてしまった。

 だが、きっとただの狐の頃に忍び込んだことでもあるのだろうとそんな憶測が立つ。
 だとすれば、社を護る蘢に邪険に睨まれるということには納得できてしまう。

 しかし、本当にそうなのか? と、そんな疑問も沸き立つが、やはり季音は蘢に()くことはできなかった。
 無駄口を聞けば睨まれるような気がしてならないこともそうだが、龍志に言われたこともあるだろう。季音は黙々と作業を続けていた。

 ……けれど、その日の正午過ぎ。
 蘢の様子が明らかにおかしいと気づいて季音はとうとう沈黙を破った。

 埃が充満しないために作業中は社の窓を開けているが、やはり初夏を間近に迎える頃だからこそ、社の中が嫌に熱気が籠もっていた。
 季音は神殿の掃除が一段落すると、一息ついて蘢の方を見たときである。

 彼が微動だにせず床に手をつき、へたりと座り込んでいることを不審に思った。
 その後ろ姿から細い背が頻繁に上下していることから息が上がっていることが分かる。

 ――どうしたのだろう。

 何があったのか。当然のように心配に思うが、邪険に言われることを恐れて季音は彼に声をかけるか迷った。
 だが、明らかに様子がおかしい。じっと彼の後ろ姿を見つめていれば、座っていた彼は崩れるように床の上に転がったのである。

「蘢様!」

 見ているだけなんてできなかった。怒鳴られようが放っておけやしなかった。
 季音は祭壇の階段を駆け下りて蘢のもとへ向かう。

「どうなさったのですか……蘢様」

 ()せた彼の細い肩を叩く。すると彼は荒い息を吐き出しながら仰向けになった。

「季音殿……?」
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