愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 ただ赤い瞳をぱっと大きく(みは)って彼は少しだけ唇を綻ばせる。
 逆にそんな反応が意外すぎて、季音の方が驚いてしまう。

「……すまなかった」

 それでも口調は弱々しいもので、季音は尚困却した。

「気に病まないでください。私は当たり前のことをしただけです。蘢様は龍志様の大切な式ですから」

 紛れもない事実を告げるが、彼の顔にますます陰が差す。

「神獣とは言え、僕は朧殿より弱い。力もない。だから、恐らくそんなことはない。それに、朧殿の方が先に主殿の式になった」

 ――僕は二番目だ。続けてそう告げる口調は、穏やかではあるが、どこかもの悲しげな口ぶりだった。

 二番目……それは初耳だ。
 そもそも陰陽師のことや式神のことを彼から深々と聞いたこともない。どういったことかと季音は小首を傾げる。すると、顔を上げた彼は再び穏やかに切り出した。

「ただ単純に、朧殿は僕が苦手な傾向な性格だとは思う。とはいえ、毛嫌いしてる訳ではない。僕より生きている時間は短いが、彼は尊敬に値する強さを持つ。僕の醜い嫉妬だ。ただ、僕は主殿の式になる時あの鬼に負かされたから……悔しいが主殿からしたら確実に序列が下だ」

 ――遠い昔から主殿を知っていて、ずっと待ち続けていたが、今は二番目。
 ぽつりとそんな言葉を添えて、しょんぼりと蘢が再び俯いてしまう。
 何だかそんな姿が、もの悲しく思えてしまい、季音も一緒に眉根を下げた。

 たちまち感じたのは罪悪感だった。
 踏み込んではいけないことを踏み込んでしまった気がした。落ち込ませるつもりなんてさらさらなかったのに、こんなに落ち込んでしまうなんて誰が予想するものか。
 ふぅと一つ息をついた後、季音は彼の後ろに回る。

 ――やはり叱責される方が幾分もマシだろう。
 そんな風に思って、季音は蘢のふわふわした長い髪を手櫛で梳かし始めた。

「何をしているのだ……いったい何の真似だ!」

 振り向いた彼は眉間に深く皺を寄せてくれた。
 それだけで妙に安堵してしまい、季音は思わず笑みをこぼしてしまう。

「蘢様、御髪(おぐし)を結いましょう。それだけでも首の後ろの熱さも少しは(しの)げます。明日は龍志様に蘢様の作業着を見繕ってもらいましょう。風通りも悪い場所です、暑すぎて蘢様が倒れたら龍志様が困るでしょう?」

 それだけ言うと、再び指を動かして季音は蘢の髪を梳かした。
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