愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 さらりとした口ぶりで告げて龍志は身を引いた。同時に髪を触っていた無骨な手が離れるが、それがどこか名残惜しげに映ってしまう。
 そのせいだろうか。まるで呪いにでもかけられたかのように季音は微動たりともできなかった。

 何か言わないとさすがに気まずい……と思うが返事は何も浮かばなかった。

 顔だってすっかり強ばってしまっている自覚はある。しかし、それは貼り付いたように剥がれない。
 季音はじっと彼を射貫くと、再び彼は無骨な手を伸ばした。

 彼の指が行き着いた先は季音の眉間だった。そこを突くと彼はニヤリと唇に弧を描く。

「阿呆が難しいこと考えると不細工になるぞ」

 言われて、季音はきょとんとしてしまった。

「え?」

「あんぽんたんは難しいこと考えると不細工になる」

 ――もっと酷くなっている。愚図で間抜けに自覚あるが阿呆もあんぽんたんもないだろう。

「ひどいです! 私は少しお間抜けなだけです!」

 思わず季音が捲し立ててしまうと龍志は噴き出すように笑い、たちまち破顔した。
 それから一頻(ひとしき)り笑った後、彼はなお肩をぷるぷると震わせながら季音の方を向く。

「……お間抜けは怒っても不細工になるから、もう笑っておけ」

 戻ってきた言葉はまたしても意地の悪いものだった。
 季音はむっと頬を膨らませて彼を睨むが、龍志は瞳を細めて今度は柔らかく笑んだ。

「話は変わるが、今夜は一時的に雨も止む。梅雨の晴れ間だし蛍でも見に出かけないか?」

 ――また夜遊びでもしようぜ。
 なんて僅かに狡猾に笑んで、彼は自室へ戻って行った。
 一人縁側に残された季音は、彼の部屋の方を見つめたまま、一つ息をつく。

 とんでもない意地悪を好きになってしまった、果たして彼の前世もこうだったのだろうか……。

(どうなのかしら……)

 季音は額に滲む汗を拭いつつ、ぼんやりと曇天を見上げた。
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