愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 しかし、こうも度々ちょっかいをかけようとも、そこに深い好意があるのかは季音はまだ分からない。
 そう思うと、少しだけ悲しい反面で苦しいとさえ思えてしまった。

「……龍志様は爛れてます。私のことを雌として見てくれているのは知ってますけど、別に――」
『私のことを好きではないし愛してはいない』なんて言葉は続けることもできなかった。

 そのまま季音が黙り込んで俯いてしまうと、彼は一つ息をこぼす。

「輪廻する前から堪らなく愛しいと思ってる……なんて言っても信じてくれやしないだろうな」

 ぽつりと彼がこぼした言葉に、俯いたままの季音はたちまち目を(みは)る。

「どういう……」

 恐る恐る季音は顔を上げた。すると、目の前にしゃがみ込んだ彼は手を伸ばして季音の低く二つに結われた髪を掬い上げて毛先の接吻(くちづけ)を落とした。

「どうもこうもない。俺は女としてお前が好きなだけだ。何か問題があるか?」

 そんな所作をしたにも関わらず、相変わらずにしれっとした調子だった。
 その(おもて)だって、先程と変わらず真顔で瞳には嗜虐の色も差していない。

 ――事実なのだろう。

 あまりに真面目な物言いに真実を悟ると、季音の頬には瞬く間に夥しい熱が攻め寄せた。
 しかし、それと同時に胸の奥に滞りを感じてしまい、熱は一瞬にして冷めてしまう。

 自分の前世は間違いなくただの狐だ。

 しかし、逃走を失敗した際に蘢の口から聞いて思い起こした龍志によく似た『詠龍』が輪廻前の彼だとすれば、彼は人に違いないだろう。
 人が獣を愛しいだなんて常識的におかしいだろう。と、率直に思ってしまった。

 そもそも、この場所にはありとあらゆる潜在意識の断片が沢山散らばっていた。
 自分だって、それを手繰り寄せようとするのも何故か苦しいのだ。間違いなく彼に面識が間違いなくあるのだろうとはもう分かっている。ましてや先程の言葉で確信となった。

 だが、自ら記憶を手繰り寄せること自体が禁忌のようにさえ思える節がある。

 蘢が詠龍の名を出しただけで彼は激怒したのだ。

 保護してもらっている身だ。もう山に帰ることができないと分かっているからこそ穏便に過ごしたいとは思っていた。
 季音はもどかしさに、懐にしまいこんだ簪をきゅっと握りしめる。

「信じる信じないはお前の勝手だがな」
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