愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第13話 新月、蛍火の舞う夜に

 その日、夕飯を済ませた後、季音と龍志は境内を歩んでいた。
 龍志の言った通り、宵の帳が落ちた後は雨はぴたりと上がった。

 それでも薄い雲がところどころかかっているようで、その隙間からは星明かりが見えた。

 新月だろう。月の姿はどこにも見当たらない。

 ふと、思えば満月と新月の晩はタキは群れに戻る日だ。
 きっと今日も群れに戻っているのだろうか……と、季音がそんなことを考えていれば、知らずうちに社の正面に差し掛かった。

「主殿、こんな時間に外出です?」

 澄み切った声色に視線を向けると、社の石段に腰掛けた蘢が神妙な面持ちで小首を傾げていた。

「ああ。沢に蛍でも見に行こうと。お前も行くか?」

 龍志は蘢に近づいて尋ねるが、彼はすぐに首を横に振る。

「修繕後から居着いている鬼の阿呆が社の中で飲んだくれてるので……僕は動きたくても動けないのです。あれは浮浪者ですか……」

 そうだったのか。
 雨ばかりで外に出ることもなく知りもしなかった。季音が思わず社の方を向けば確かにそこには朧の気配がある。

「蘢様……ご自分の護る社なのに、よく怒らないのですね……」

 思わず季音が尋ねると、蘢は軽蔑をたっぷり乗せた視線で社の方を向く。

「初めは怒りましたよ」

 案の定の答えだった。
 だが、彼は一つため息を落とした後に、たちまち唇を綻ばせる。

「でも……僕が一匹だけよりも幾分も心強いのは事実だ。僕は普段石像に宿っているのだから雨如きどうでもいい。だが、朧殿は元が妖だ。何かに宿っている訳ではない。丁度雨も凌げるし社の敷地内を護る交換条件だ。一応僕だって――」

 ――その力を信頼している。と、語尾に行くほど唇を尖らせて言うものだから季音は思わず笑んでしまった。

 あれ以降、きっと見えない場所で仲良くなったのだろう。
 ましてや、気高く気難しい蘢がそんな風に言うのだからどこか微笑ましく思えてしまう。

「朧様と仲良くなられたのですね」
「そういう訳ではない……多分」

 居心地悪そうに蘢は言う。だが、以前よりも明らかに彼の表情が豊かになったことは窺えた。
 季音はふと龍志の方を向けば、彼も彼で何だか嬉しそうに口角を上げていた。

「ダチができて良かったな。退屈しねぇだろ? 近々赤飯でも炊くか?」
「だ、だち……?」
< 51 / 145 >

この作品をシェア

pagetop