愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 龍志の言った言葉がいまいち分からないようで、蘢は神妙な表情を浮かべた。
 だが、赤飯の下りだけは分かったのだろう――彼は『祝いなど結構です』とぴしゃりと突っ撥ねた。

「さておき、俺と季音は出掛けてくる。留守は頼むぞ」

 そう言って、龍志が蘢に背を向けた途端だった。蘢はすぐに龍志を呼び止める。

「そうですよ。沢の付近となれば、夜は妖も出やすいです。彼ら人を警戒する分、襲われる可能性が薄いものですが、僕と朧殿の呪符は……忘れてませんか?」

 即座に龍志は振り返って、さっと懐から二枚の呪符を取り出して蘢に見せた。
 その表情はいかにも面倒くさそう。半眼になっていた。

「お前は子どもを寺子屋に送り出す母親か……」
「麓に降りる時もよく忘れるじゃないですか。扱いだってずさんですし。呪符を洗濯して朧殿は三度水をかぶっただとか死にかけただとか、再契約は三度目とか聞かされましたし」

 ――呪符と式神は繋がっている。即ち同じ目に遭う。初めて知ったことだった。

 いくらなんでも酷すぎだろう……。
 思わず季音が怪訝な目で龍志を見れば、たちまち背筋に甘い痺れが這い上った。

 尻尾を掴まれた。それを悟るのは一瞬で──

「きゃあああ!」
 季音はあられもない甲高い悲鳴を上げた。その瞬間だった。

「主殿! いくら妖とは言え、そのようなことを尻尾持ちの女子(おなご)にやるのはどうかと思います」

 ――悍ましいです……最低です、破廉恥です! と、蘢はたちまち顔を真っ赤に染めて捲し立てたのである。

「モフモフした尾は引っ張りたくなるのが尾がない生き物の性分だ」

 龍志はわしゃわしゃと手を動かし、蘢の方を見る。
 生命の危機でも感じたのだろう。

「うっ……う、季音殿御免!」

 蘢は自分の尾を大事そうに抱えて社の中へ逃げていった。

 ***

 それから、境内を後にした季音は龍志と沢の方面へと進んでいった。

 すぐに話題になったのは、式神契約のことだった。
 呪符に水をかぶせただの千切るだの、いくら妖や神獣だろうが大事に至るに違いないだろう。

 さすがにそれは……と季音は口を挟んだが、蘢の話は朧が盛った嘘が存分に含まれていたそうだ。
 別に契約をした呪符が水に濡れようが千切れようが同じ目に遭うことはないらしい。
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