愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
肆章

第25話 秋風の曼珠沙華、忘却の因果

 庭をぐるりと囲う笹垣の近くに、ちらほらと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の茎が立っていた。

 同じ花の芽吹きを見るのはこれで二度目。本格的な秋が訪れ、自分が輪廻して一年が経過したことを、季音はしみじみと感じた。

 この一年で様々なことがあった。寝間着の浴衣姿のまま縁側に腰掛け、季音は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の茎が午後の風に揺れる様をぼんやりと眺めていた。

 ……葉月の終わり頃から、季音の体調は著しく崩れた。

 最初の不調は目眩だった。それから間もなく、立ちくらみや吐き気に見舞われることが増えた。

 最近は身体が妙に熱っぽく、だるい。それなのに、芯から凍てつくように冷えることがあり、指先が痺れて動かなくなることもあった。この症状は主に夜半に起こり、ひどい時には龍志に背や肩を摩られて眠ることもあった。

 今日も寝起きから体調が悪く、午前は床で過ごしていた。正午を過ぎて少しは良くなったものの、身体はだるく、動き回れそうになかった。

 とはいえ、元は人とはいえ今の自分は妖だ。人に比べれば身体は頑丈なはず。だから、この不調は命に別状がないと分かっていた。

 不調の原因に心当たりはない。だが、重要な記憶を取り戻そうとすることで、こうなるのではないかと感じる節があった。
 以前から、記憶の奥底に手を伸ばすたび、拒むような頭痛が襲っていた。だから、極力考えないように努めたが、四季の花が咲き誇る庭園で見たあの狐に対する滞りが消えず、つい考えてしまう。

 そして、季音は今になって、記憶に潜む明らかな不自然さに気づいた。
 今では過去世の様々なことを思い出しつつあるが、自分が死んだ日を思い出せない。そして、あの狐のことも……。

 ――お前に恩を着せられた狐の魂が、黄泉に旅立つあんたに同化して背後霊にでもなったと思え。

 あの庭園にいた狐はそう言ったが、蘇った過去世の中に彼女はいない。

『忘れたなら忘れたままで良い』と、彼女は言った。そして、龍志も『初めからやり直せば良い』と、過去の自分、藤香のことを深く話すことはなかった。

 きっと、忘れ去った彼女との関わりこそ、大切なことに違いない。そして、彼女と龍志の前世――詠龍との関係性。

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