青春とりもどせない症候群
「小さい頃はさ、ガシャポンやりたいなんて言えなかったから」
植木鉢に風の妖精のなれの果てみたいな、水分を失ってしぼんだニンジンみたいなキャラクターが刺さっている。シュールだ。彼はそのキャラを調えた指先で愛おしそうにそっと撫でる。透明なマニキュアを塗った爪がキラキラしている。まるでネイルチップみたいに形の良い爪。楕円に近い。うらやましい。私の爪は台形がグレたみたいな形だから。

「大人になって自分で稼いで自分の好きに使えるお金ができるとタガがはずれる」
「生きていける程度にはずれるよね」
「結婚してくれないか」
「断る」

「小さい頃あこがれていた漫画の全集が中古店にあったからそろえてしまった」
「今度見せて」
「ねぇ、俺と結婚してよ」
「断る」

チキンライスとだし巻きたまごを持って来た若い店員さんが一瞬ビクッとしたが、すぐに「お待たせしましたぁ。チキンライスとだし巻きたまごでぇす」と明らかに作った高い声とさわやかな笑顔で置いていった。申し訳ない。修羅場じゃない。日常会話。

店内に流れる「君が好き」。無言でチキンライスを食べる私たち。「ハイよー!!」コールとますますにぎやかになる外野。

「ここのチキンライス、エビのだしが効いてるよね」
「やっぱり受動的に海鮮摂取させられてたか」
「3カ月だって」
「何が」
「赤ちゃん」
「どこの」

「私たちの」
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