甘く苦く君を思う
引っ越しの後、すぐに仕事を見つけるつもりだったがつわりがひどく働くことができなかった。
ようやくつわりが治ってきた頃にはお腹も膨らみ始め、今から仕事を探してもすぐに産休に入る私を雇ってくれるところがあるとは思えなかった。
金銭的不安に襲われそうになるが、今はこの子を無事に産まなければとお腹をそっとさする。
ある時、家から歩いて15分くらいのところにある街のケーキ屋さんを見つけた。
小さいながらもショーウインドにはいくつものケーキが並んでいた。私の好きなタルトも見えて、引き寄せられるようにお店に入った。

「いらっしゃい」

老年の女性がエプロンをつけ声をかけてくれる。何にしようか悩んでいると、

「あら、今何ヶ月?」

声をかけられ私は顔を上げる。

「5ヶ月になるところです」

「あらそうなの。楽しみね」

両親にも私はまだ妊娠のことは疎か、引っ越ししたことも仕事を辞めたことも言えずにいた。だからこの子の誕生を楽しみと言ってもらえたのは初めてだった。

「はい、楽しみなんです」

私はその言葉に思わず目頭が熱くなる。ポロリをおちた涙を拭うとその女性はカウンターの中から出てきてくれた。

「大丈夫よ。お母さんが幸せな顔をしていたら赤ちゃんだって幸せになれるわ。それに今日会ったばかりの私でさえ赤ちゃんが産まれるのが楽しみなのよ。ね、笑って」

そう言いながら私の背中をそっとさすってくれた。その柔らかい手にもっと涙が溢れてしまう。

「すみません、泣いてしまって。ごめんなさい」

ハンカチで涙を抑えようとするがなかなか止まらない。
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