甘く苦く君を思う
「……っ」

甘みと酸味の絶妙なコントラストにこのタルト生地の軽やかな食感、カスタードと生クリームのバランス。忘れるわけがない。

「沙夜の、沙夜の味だ」

心臓が早鐘を打つ。けれど確信には届かない。
それにこの街に彼女がいるなんてそんな都合のいい話があるわけない。

そう思いながらも翌日も俺は同じケーキ屋に足を運んだ。夜の間ずっと考えていた。どうしてもこのケーキが沙夜のものに思えて仕方ない。でも訪れた店に彼女の姿は見当たらなかった。やはり自分の思い違いなのだろうか。やはり今日食べたケーキも彼女の作るものと同じの気がして仕方ない。
俺は諦められず、あと1度だけ、と言い聞かせまたお店に足を向けた。先ほどまた降り始めてしまった雨に傘をさす。
店に入ると奥の厨房でケーキを仕上げている女性の姿を見つけ、心拍数が上がり始める。
その横顔を見た瞬間、世界が止まった。

「……沙夜?」

その声が届いたのか、彼女がこちらを振り返った。

「昴……さん」

その声を聞いた途端、今まで胸の奥に押し込めてきた感情が溢れ出してきた。何度も夢に見た彼女が今、目の前にいた。
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