甘く苦く君を思う
海外勤務を終え、3年ぶりに日本に帰国した。
空港からホテルに向かうタクシーに乗るとしばらくして雨が降り始めた。窓越しに見える久しぶりの日本が、雨粒でぼやけて見える。

「少し歩きたいからこのあたりで降ろしてくれ」

「え? 雨に濡れますけど」

雨なのにタクシーを降りたいだなんて運転手は不思議そうだ。でもなんだか久しぶりの日本の雨に少し感傷的になってしまった。
気まぐれで降りたここからホテルまではそんなに距離はない。傘をさしながら歩き出すと、ふと小さなケーキ屋が目に入った。日本のようなケーキは海外にはない。明かりの灯ったガラス越しに整然と並ぶケーキに目を惹かれた。ふらりと雨宿りのつもりで入ったその店の甘い香りになぜか胸がざわついた。

「このタルト……」

ショーケースの奥に並ぶタルトに思わず目を奪われた。鮮やかなベリーの配置と繊細なチョコレートの装飾。その小さな癖を見て俺は知っていた。かつて毎日のように食べた味。舌も目も彼女の指先で作り出す感覚を覚えている気がした。
まさか……、でも。
同じようなタルトはあるかもしれない。でも俺の五感が訴えている。

「すみません、あのベリーのタルトをください」

「はーい」

明るい女性が箱に詰めてくれる。
ただの偶然かもしれない、とホテルまでの道のりがとても長く感じた。
部屋に着くとすぐに包装をとり、一口食べる。
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