甘く苦く君を思う
静まり返る応接室に時計の音だけが響いた。母は初めて小さく息を吐くと、

「本当に……あなたは大人になったのね」

その声色には苛立ちではなく微かな寂しさが混じっていた。父は険しい表情のまま腕を組み、しばらく沈黙していたが、やがて低くいった。

「経営者としての道を見誤るな。それだけは肝に銘じろ」

それは譲歩ではなく、最後の釘刺しだった。

「わかっています。あの時ふたりに流された噂を許すことはできない。でもそれを信じてしまった自分はもっと許せない。俺はふたりにまた信用してもらえるよう努力したい。それに俺の手でふたりを守りたい」

俺の誓いとも言えるその言葉に両親の表情は僅かに変化する。

「ふたり?」

母の声が初めて震えた。
俺は視線を逸らさずに真っ直ぐに答えた。

「沙夜が産み、ひとりで守り続けてきた子供です」

重苦しい空気の中、両親は言葉を失った。俺の言わんとしていることがようやくわかったようだ。そして事態の大きさに驚きを隠せないようだった。
俺はもう逃げない。
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