初恋の距離~ゼロになる日
第3章 距離を置く決意
あの日から、美琴は少しずつ悠真との時間を減らしていった。
会う予定が入っても、母や友人との約束を理由に短時間で切り上げる。
電話やメッセージも、必要最低限のやり取りだけに留める。
――これは、嫌いになったからではない。
――むしろ、好きだからこそ。
彼の負担になるくらいなら、そっと隣から離れたほうがいい。
そう信じ込むことで、胸の痛みを無理やり押し込めていた。
秋も深まり、街路樹の葉が色づき始めた頃。
ある日曜の午後、美琴は実家の庭でバラの手入れをしていた。
白い手袋の指先に小さな棘が触れた瞬間、胸の奥の痛みがよみがえる。
――あの日の言葉も、こうして心に刺さったまま抜けない。
そこへ、母がテラスから声をかけた。
「美琴、朝倉さんからお電話よ」
一瞬、躊躇してから手袋を外し、受話器を取る。
「もしもし」
『今、近くまで来てる。少し会えるか?』
「……今日は、これから予定があるんです」
『そうか。じゃあまた今度』
短いやり取りのあと、通話が切れた。
受話器を置いた瞬間、胸の奥に小さな棘がまたひとつ刺さった気がした。
――会いたくないわけじゃないのに。
けれど、このまま近づきすぎれば、また“疲れる”と言われる日が来るかもしれない。
数日後、婚約者として同席する予定だった会合にも、体調を理由に出席を辞退した。
その連絡を入れたとき、悠真の声は少し低く、抑えられた苛立ちが混じっていた。
『……わかった』
その短い返事が、妙に重く響いた。
美琴は、自分の選んだ距離が正しいのか確信が持てなくなっていた。
けれど、もう引き返す勇気もない。
そんなある日、友人に誘われて小さなカフェでランチをしていると、ふと入口から背の高い影が差した。
――悠真。
グレーのスーツに黒のコート。目が合った瞬間、彼は真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。
「偶然だな」
「……ええ」
席の隣に立つ彼からは、ほのかな香水の匂いがした。
「今日は打ち合わせの帰りだ」
「そうなんですね」
短い会話のあと、悠真は友人に軽く会釈し、別れ際に小さく言った。
「……また連絡する」
その言葉には、何か含みがあった。
美琴は笑顔を返したものの、心の奥がざわつく。