明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
しかも女将さんは、もう一度わざとらしく咳払いをした。

ええっと……女将さん、まさか本気で?

案の定、桐島中尉がこちらを振り向いた。

鋭い眼差しが一瞬で和らぎ、柔らかな笑みに変わる。

「ああ、雪乃さん。」

心臓が跳ね上がり、逃げ場を失う。

こうなったら、挨拶するしかない。

「……お久しぶりです。」

すると桐島中尉は、ためらいもなく私の隣に腰を下ろした。

「この前は、お会いできなくてすみませんでした。」

「えっ……」

思わず間の抜けた声が漏れる。

「女将さんから伺いましたよ。しばらく待ってくださったとか。」

私は慌てて女将さんを見た。

けれど、女将さんは帳場の方で知らぬ顔をしている。

……まったく。わざとに決まっているのに。

頬がますます熱くなる。

恥ずかしさでいっぱいなのに、同時に胸の奥がじんわりと温かくなっていく。

――この人は、ちゃんと覚えていてくれた。
< 19 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop