明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
そして桐島中尉は、私のカバンを持とうと手を伸ばした。

「これは……」

思わず私も手を伸ばし、その瞬間――指先が触れ合った。

「あっ……」

驚いた拍子に、カバンを取り落としてしまう。

「すみません。」

慌てて拾おうと身をかがめると、同じように桐島中尉も手を伸ばしていた。

「俺の不注意で。」

低い声がすぐそばで響く。

「いえ……」

顔を上げられず、小さく答えるしかない。

二人の手がかすかに重なり、どちらもすぐに引けなかった。

目線を合わせる勇気がなく、ただうつむいたまま、時が止まったような沈黙が流れる。

母の気配が隣にあるのに、そこだけ別の世界。

鼓動の音が聞こえてしまいそうで、息を潜めた。

ほんの数秒の出来事。

けれど私には、その短い時間が永遠のように感じられた。
< 23 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop