明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
「とても律儀な方なのね。」

母は小さく笑みを含ませて言った。

「ええ……。」

私は曖昧に返事をしながら、胸の奥では別のことでいっぱいだった。

暖簾の内側に佇みながら、先ほどの桐島中尉の微笑みが脳裏に蘇る。

その優しい眼差しが忘れられなくて、息が詰まりそうになる。

「行きましょう、雪乃。」

「はい。」

母に促されて、私は呉服屋を後にした。

店先に一歩踏み出したときも、まだ心は彼の姿を追いかけていた。

――まだ、近くにいるのではないか。

そんな淡い期待に駆られて、思わず振り返る。

けれど、そこに桐島中尉の影はなかった。

人々の往来の中に、その背を見つけることはできなかった。

胸の奥がきゅっと締め付けられる。

それでも、あの人の存在は確かに心に刻まれている。

次に会えるのはいつなのだろう。

そう思いながら、私は母と並んで歩き出した。
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