明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
私は母から預かった財布を取り出し、帳場にいる女将さんへ差し出した。

「この前の分をお支払いに参りました。」

「はい、確かに。」

女将さんは手際よく受け取りながら、ちらりと桐島中尉の方を見やった。

そして、私にだけ聞こえるような小声で囁く。

「……雪乃さんと会うために、最近よく来ているのよ。」

「えっ……」

思わず手が止まる。

顔を上げると、女将さんは何事もなかったように笑顔で帳簿を閉じていた。

胸がどくん、と高鳴る。

桐島中尉は、ただ買い物に立ち寄っているのではなく――私に会うために。

その事実を信じていいのだろうか。

ちらりと視線を向けると、彼は帳場から少し離れたところで待っていて、こちらを穏やかに見守っていた。

目が合った瞬間、頬が熱くなる。

彼は何も言わず、ただ静かに微笑むだけ。

――もし本当に、私のために。

そう思っただけで、胸の奥が甘く切なく震えた。
< 33 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop